極寒のノモンハンの川で”魚獲り”。召集令状を受け中国東北部へ出征した著者が実際に経験した「巨大魚」との死闘
あんな大きな魚がいるなんて
烈しい水音が耳をつくと同時に、糸は張りを失い、淵の深みで魚影が大きく揺らめいて、たちまち見えなくなった。
“あんな大きな魚が川にいるなんて……。”思いもよらぬ巨大魚に魅入られて、私はしばし静まり返った川面を見つめていた。「大きな魚がいる。四尺ぐらいだ」と宮本氏から聞いて、“ならば、餌さえ食わせることができたら釣れる”と単純に考えたのが間違いであった。今さらながら自分の迂闊さが悔やまれてならなかった。
夕日はすっかり西へ沈み、草原は薄闇をまとって褐色の荒野に姿を変えていた。私はようやく馬を走らせて帰路についた。
3日後の日曜の早朝、私は本部付きの三上軍曹に呼ばれ、「これから魚をとりに行くから用意をしておくようにと坂田軍曹に伝えよ」と命じられた。坂田軍曹は機材係で、私たちの班長でもある。班長のところへ行くと、黄色火薬10個、雷管10本、導火線5メートル、そして紙に包んだマッチ箱の入った雑囊を渡された。
「今野と田上は川下の浅瀬を渡って、向こう岸で魚を上げることにする。その前に、3カ所に分けて同時に発破をかける」
三上軍曹が、きびきびとした口調で言った。