日本が生き残るために「戦後」を終えよ――安倍晋三が貫いた徹底的リアリズム
船橋洋一著『宿命の子 安倍晋三政権クロニクル』が掘り起こす7年8カ月の「肉声」
2012年に発足した第2次安倍政権は、戦後の「成功物語」と惰性に向き合わなければならなかった。外に米国主導の国際秩序と理念が大きく揺らぎ、国内ではデフレと人口減少が進む中で、日本が新たな環境をサバイバルするには「戦後を終わらせる」ことが絶対条件になっていた。
そのために安倍が貫いたリアリズムは、社会に「分断」を生んだとも批判される。しかし、それは「戦後」の遺構と次代の国家像との間に走った避けがたい亀裂という側面もあっただろう。船橋洋一氏の新著『宿命の子 安倍晋三政権クロニクル』(文藝春秋)が描く2010年代という日本の巨大な転換期を、元米国家安全保障会(NSC)アジア上級部長のマイケル・グリーン氏が解説する。
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安倍晋三政権時代という日本の変革期を記録した船橋洋一の新著『宿命の子』は、国際舞台で深い尊敬を集めると同時に日本国内では多くの論争も呼んできた指導者の姿を描くノンフィクションとして、世代を超える決定版というべき作品だ。
故安倍晋三の評伝はいくつかある。英語で書かれたものであれば、トバイアス・ハリス(日本政治研究者、「Japan Foresight」創設者)の『The Iconoclast : Shinzo Abe and the New Japan』が最良の一冊に挙げられる。私自身も2022年に『Japan’s Grand Strategy in the Era of Abe Shinzo』(邦訳『安倍晋三と日本の大戦略 21世紀の「利益線」構想』日本経済新聞出版)を著し、国際社会での日本の役割に関して安倍が起こした革命を描いた。安倍は2013年にCSIS(米戦略国際問題研究所)で「日本が二級国家になることは決してない」と語ったが、私はその発想の地理的・知的なルーツに焦点を当てた。ただ、これは安倍の評伝を意図してはおらず、日本の外交戦略の中心人物として捉えている。
本書『宿命の子』は、“政治リーダーとしての安倍”の姿を仔細に捉えた評伝だ。直接取材に基づくジャーナリスティックなケーススタディを通じて、その信念、欠点、そして驚異的な粘り強さを浮き彫りにしている。
「戦後」を終わらせた政治家
東南アジア研究・国際政治学者の白石隆をはじめ幾人かの学者たちは、安倍を戦後という時代を完全に終わらせた政治家と位置付けている。船橋も、そして私も同じ立場だ。吉田ドクトリンは半世紀にわたり日本の戦略的・政治的思考を支配したが、今後は安倍ドクトリンがそれに代わるものとなるだろう。
中曽根康弘は1980年代に「戦後」を終わらせたいと述べた。しかし「戦後」は頑強にして手強く、それを僅かに傷つける程度にとどまった。小泉純一郎は1955年体制の表層に裂け目を入れたが、第1次政権時代の安倍を含め、小泉の後継者たちは次の指針探しに苦労した。だが、再び権力の座に戻った安倍は日本の将来への進路を確立した。以来、根本的な部分でこれに挑もうという主要な政治家は現れていない。
国家安全保障戦略に焦点を絞った私の著書とは異なり、『宿命の子』は日本の政治全域を視野に入れ、安倍がそれをどれほど大きく変革したかを記している。各章はそれぞれが安倍の下した政治判断に対応しており、アベノミクス、靖国神社参拝問題、尖閣諸島、戦後70周年記念演説、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」、そしてドナルド・トランプといかに関係を築いたかなどについて、具体的な検証が行われている。
本書のあとがきには、船橋が安倍の退陣後に19回の直接インタビューを行ったと記されている。いずれも安倍の退陣後に行われたものだが、私はまた別のある日、船橋とともに安倍に面会したことを今でも鮮明に覚えている。2013年7月の昼食会、安倍首相、首相秘書官だった今井尚哉、そして船橋と私が卓を囲んだ。オバマ政権の長所と短所、中国の威圧戦略は何を目標としているか、日本が国際的な地位を回復する上で経済がいかに重要か、首相官邸傘下に新たに設置する国家安全保障会議(NSC)をどう設計するかなど、私たちは2時間近く話したはずだ。
私は安倍が小泉政権で官房副長官を務めていた2001年頃から――当時、私はジョージ・W・ブッシュ政権で米NSCの一員として働いていた――「安倍さん」と定期的に顔を合わせた。自民党が下野している間もいろいろな勉強会で会ったし、先述の2013年のCSIS講演では、ホスト側のメンバーとして安倍を迎えた。しかし、船橋も同席していたこの日の昼食会は、安倍が再び首相の座に就いた後、彼とじっくり話せる初めての機会だった。
驚いたことが二つあった。
一つ目は、安倍が日本や自身の政権を取り巻く力学について、第1次政権の頃よりもはるかに戦略的かつ現実的に考えていたことだ。かつての安倍は左派勢力に対抗するための戦術にのめり込みがちだったが、この頃には日本の尊厳と国際舞台におけるリーダーシップを取り戻すという、より大きな戦略的使命に集中していた。
二つ目は、彼が「船橋さん」の洞察を深く尊敬していることだった。これは私にとって、少しばかり驚きだった。第1次安倍政権時代、朝日新聞は政権の敵とみなされていたはずで、船橋はその朝日新聞で主筆まで務めた人物だからだ。しかし、船橋は私が同席したこの実り多き昼食の他に、少なくとも19回は安倍とじっくり話したのである。現代日本で最も重要な首相の政治的思考に肉薄するのに、これ以上にふさわしい人物はいない。
以下に本書の中でも特に印象深かった点を記してみたい。
トランプのエゴを巧みに操作
トランプに関する記述は石破茂首相にとって必読だ。第13章には、大統領選に勝利し就任を控えた2016年11月17日、ニューヨークのトランプタワーで行われた安倍との初会談の様子が描かれる。本書によれば、水面下で動いたのはマイケル・フリン元DIA(国防情報局)長官だった。
第1次トランプ政権で国家安全保障担当大統領補佐官に就任するフリンは、短期間で辞任し物議を醸す。だが日本の重要性を理解しており、トランプに対しては「アベはジャパン・ファースターです。アメリカ・ファースターのあなたのある種の照り返しのような存在です」と事前にブリーフしたという。中国への対抗勢力として日本を評価する大統領のもと、米政府高官たちは揃って安倍を支えた。ただしトランプ自身は依然として、日本との貿易摩擦に40年来の不満を抱いていた。
フリンらの助けがあったとはいえ、安倍は自身の力で本当の信頼関係を築かなければならなかった。安倍はトランプに「あなたと私には一つ共通点があります。ニューヨーク・タイムズに批判されながらも、選挙で勝つ、その一点で」と語りかけ、意気投合したと本書は伝える。安倍は「共通の敵」を起点として、トランプのエゴを巧みに操作した。幾度もゴルフを共にしながら、アメリカがアジアで強固なプレゼンスを維持するよう説得した。
安倍はG7の中でも特筆すべき存在だった。トランプを上手に扱うことでは、イギリスの首相ですら及ばなかった。あるイギリスの外交官は、「東京の戦略は安倍をできるだけトランプの前に立たせることだったが、ロンドンの戦略はテリーザ・メイをトランプからできるだけ遠ざけることだった」と私に冗談を言ったことがある。カナダや他の欧州リーダーたちは、国内向けに反米姿勢を示す誘惑に駆られて失敗した。だが、安倍は国益を最優先し、トランプタワーでの初会談を基盤にしてG7全体を支える役割を果たした。
「戦後70年首相談話」までの知られざる熟議
戦後70年首相談話に向けた取り組みについて深い洞察が得られるのは第7章だ。安倍は70年談話について、日本の首相による最後の戦争総括にすることを目指していた。安倍自身、長年に亘って東京裁判を「勝者の裁き」だと考えてきたが――この見解は米英の主流学者の一部も唱えている――日本が本当の再出発をするのなら、そうした立場から距離を置かねばならなかった。談話が「歴史修正主義」の産物と捉えられれば、日本のみならずアメリカやオーストラリアで安倍の背を押す人々にも同じ非難がつきまとう。後の首相たちも、また繰り返し謝罪を続けることになりかねない。
最終的には、安倍の中で現実主義が勝利した。歴史学者たちからの助言もあった。日本の過ちを20世紀前半の世界秩序の失敗の中で捉えよとの助言だ。これは日本を戦争責任から解放するものではなかったが、日本の行動をより大きな文脈に位置付け、21世紀において日本が新たな脅威に対し消極的であってはならないという道義的責任を強調していた。
本書が明らかにしているように、週末には右翼評論家とゴルフをしているとスタッフが冗談を言っていたとしても、安倍は反射的なイデオローグではなかった。彼はスタッフとの議論を好み、議論に参加できる自信を持った優秀な官僚たちを引きよせた。そうした中には、対話を通じてこの指導者の考えに影響を与えた人々もいたのである。左派の立場から安倍を批判する人々は、この章を読むことで、舞台裏における安倍の実像をより深く理解すべきだろう。
対ロシア政策をなぜ誤ったか
他方、プーチンとの交渉を扱った第11章はやや寛容すぎるかもしれない。安倍政権の対ロシア政策は失敗だった。ロシアとの平和条約締結に失敗したというだけでなく、政策プロセスそのものが機能不全で、誤った前提に基づいていた。国家安全保障会議が実務を担った中国やアメリカ、欧州、東南アジアへの政策とは対照的に、ロシア政策は様々なアクターにアウトソースされ、かのニクソン訪中のような劇的瞬間で政治的果実を得ることが目指された。この失敗は別の章で取り上げている対北朝鮮政策についても同様だったと言えそうだ。
おそらく安倍とその側近たちにとっては、米日同盟を強化した後には外交政策の自律性を示すべきで、また自分たちの保守的な信用があれば北朝鮮やロシアとの取引は可能だとも考えたのだろう。しかし現実には、どちらも交渉の見込みはほとんどなかった。
韓国との関係改善ならば、あるいは可能性があっただろう。アジアでアメリカの主要な同盟国を結びつけ、北京や平壌に対抗する上でも、それはリアルな戦略的価値を持っていた。朴槿恵(パク・クネ)政権や文在寅(ムン・ジェイン)政権の対日姿勢はそれを容易に許さぬ険しさだったとはいえ、ウラジーミル・プーチンや金正恩(キム・ジョンウン)と交渉するより難しいこととも思えない。米政府・議会はこれに強い期待をかけたが、安倍は共和党と民主党双方からの失望を招いた。ただし、安倍が朴大統領への直接的な働きかけも行いながら2015年の慰安婦合意を実現した功績は評価されるべきだ。残念ながらその合意は、わずか2年ほど後に文政権によって後退させられることになるのだが。
結局のところ、安倍はアメリカからの自律を示すために、ロシアや北朝鮮というカードなど必要なかった。なぜなら、彼はアメリカのアジア戦略における重要部分を自分自身で描くという、これまでの日本のリーダーは誰も成し得なかったことを実現したのだ。
発足当初のオバマ政権は安倍を警戒していたし、ジョン・ケリー国務長官やスーザン・ライス国家安全保障担当大統領補佐官のような人物は最後まで安倍に懐疑的だった。しかし、自前の戦略を持たない第1次トランプ政権は安倍の「自由で開かれたインド太平洋」を採用した。この戦略は党派を超えてバイデン政権でも維持されている。
この功はトランプにあるのではなく、安倍政権以降の日本がアメリカのリーダーたちから獲得してきた高い信頼のおかげである。“脱米”入亜の必要はない。日本は現在、アメリカをアジアに導く役割を果たしている。
「政治的貴族」ゆえの使命感と悲劇の感覚
本書をひとたび開いたなら、まさに時を忘れる読書となる。副題に「安倍晋三政権クロニクル」とあるように、著者は現代日本で最良の年代記(クロニクル)作家としての手腕を存分に発揮している。本書以前に刊行された3・11(たとえば『カウントダウン・メルトダウン』上・下/文藝春秋)、民主党政権(『民主党政権 失敗の検証-日本政治は何を活かすか』中公新書)、北朝鮮(『ザ・ペニンシュラ・クエスチョン 朝鮮核半島の命運』朝日文庫)などに関する著作もまた魅力的な作品だ。そして博士号も取得している船橋だが、本書では安倍の政治的運命を説明する政治学の理論や、学者がリーダーシップの分析で使うような心理学は用いられない。
安倍の持った影響力を説明する上で、私は社会科学的なアプローチが重要な示唆をもたらすと考えている。仮に2011年の日本に中国、ロシア、北朝鮮の脅威がなかったなら、日本人は翌年末の総選挙で救済を求めて安倍に頼ることもしなかっただろう。つまり、国際政治の構造が安倍の使命と成功の鍵を握っていた。また、リーダーとして一度挫折した安倍は、1960年の米大統領選でジョン・F・ケネディに敗れたリチャード・ニクソン同様、自らの失敗から学んだからこそ成功することができたと言える。
この意味で本書は19世紀イギリスの歴史家・哲学者、トーマス・カーライルの「偉人史観(Great Man Theory)」を想起させる。カーライルは「歴史そのものは、ある種の指導者が持つ固有の特性と完璧なタイミングによって作られる」と主張した。本書のタイトルである「宿命の子(Child of Destiny)」は、安倍が日本に変革をもたらした背景に、より大きな目的や歴史的説明があることを暗示している。
安倍は心の底に使命感とある種の悲劇的な感覚を秘めていた。慎重でありすぎた父、安倍晋太郎は首相の座を掴めぬまま病に斃れた。一方で祖父の岸信介は大胆すぎたのかもしれない。岸は首相として日米安全保障条約の改定を進めたが、これへの反対運動で退陣に追い込まれた。評論家たちは世襲議員批判を繰り広げるが、安倍は「失われた20年」の底に沈んだ戦後日本に、岸田文雄や石破茂という小粒な後継者でも容易に蕩尽できない国際的影響力をもたらしたのだ。ここには、父と祖父の目的意識と世代を超えた挫折を受け継ぐ「政治的貴族」であったことも、寄与していると言うべきではないだろうか。
「安倍さん」が凶弾に斃れた日、インドのナレンドラ・モディ首相やオーストラリアのトニー・アボット元首相といった世界のリーダーたちは涙を流して悲しんだ。安倍は多くの人々にとって忠実な友であるのみならず、ますます混沌とする時代に臨まねばならない民主的リーダーたちの指針でもあった。船橋は歴史に精通した調査報道記者のみが手掛け得る手法で、安倍が下した数々の重要な決定へと本書の読者を導いている。 (敬称略)
※翻訳と( )内の注は新潮社「フォーサイト」編集部

◎船橋洋一(ふなばし・よういち)
国際文化会館グローバル・カウンシル・チェアマン、元朝日新聞社主筆 1944生まれ。東京大学教養学部卒業後、朝日新聞社入社。北京特派員、ワシントン特派員、アメリカ総局長を経て朝日新聞社主筆。2011年、日本再建イニシアティブ(後にアジア・パシフィック・イニシアティブ)を 設立、理事長に。現在、国際文化会館グローバル・カウンシル・チェアマン。主な著書に『通貨烈烈』(吉野作造賞)、『同盟漂流』(新潮学芸賞)、『カウントダウン・メルトダウン』(大宅壮一ノンフィクション賞)、『フクシマ戦記』、『国民安全保障国家論』 など。