2025-03-08

AI嘘松(人力増田)の決定的な違い

AI増田弊害の話をしていると、

『これまでも増田釣り嘘松だらけだったのだからAIが追加されたところで大した違いはない』

といった反論の声がしばしば上がる。

しかしこれはAI、そして増田、それぞれの本質理解していない、的を外した意見と言わざるを得ない。

増田AIに席巻されると困るのは、単にその内容が虚偽だからではない。なんなら、情報としては100%事実であっても、AIならば排除されるべきだ。

AIと人力増田の決定的な違い。それは文章書き手が「生きているかどうか」である

何を当たり前のことをと思うだろうか。ならこう言い換えてもよい。

書き手に「死の可能性があるかどうか」だ。

人間が書く限り、文章は大なり小なり生身の書き手自身の延長線上の存在である

素直に自分気持ちを述べた文章はもちろん、たとえ本人のプロフィールとはかけ離れた、一から十まで想像だけで書かれた釣り嘘松増田であっても、それを「自分が書いた」という事実を、書き手本人だけは間違いなく自覚している。

であれば、文章への批判ツッコミクソリプは、書き手本人への間接的な攻撃として機能することになる。

人力増田に対しては、適当コメントたまたま上手いこと刺さって、書き手を死に至らしめる潜在的可能性が常に存在するのだ。

リートップとなる元増田は、自分は殺されるかも、という恐怖をうっすら抱えながら。

トラバ増田は、これで相手を殺してしまうかもと半ば期待して、もしくは殺してやると固く決意して(もちろんトラバ増田自身にも反撃で死ぬ可能性が存在する)

皆、それぞれ死を身近に感じつつ書き込んでいる。

人間増田たちは、常にお互いの命をかけて増田しているのだ。

その不健康な緊張感があればこそ、こんな場末サービスなのに、楽しくて楽しくて離れられない。

『生きてさえいるのなら、冷笑釣り嘘松だって殺してみせる』

その暗く熱い気概がなくては、増田に書き込むことなど誰もできはしないだろう。これまではそれが暗黙の掟だった。

AIはその、デスゲームとしての増田純粋さを破壊してしま存在だ。

投稿者本人とは完全に切り離された、機械による計算切り貼りで生み出された文章

AI増田がどれだけ批判を受けようが、それは投稿者にとっては自分と別個の存在への攻撃しかならず、本人は痛くもかゆくもない。

そんなものをこの増田プレイヤーとして受け入れることは、到底できない。

それは増田というゲームにおいて不公正である以上に、不愉快からだ。はっきり言ってクソつまらん。

増田が本当にAIを認めることがあるとしたら、それはAI生命と呼べる存在となり、死の可能性を得た時だろう。

AI自身意思によって書き込む真のAI増田。そういうものなら、増田の意義を損なうことなく受け入れられる。

レスバに負けて悔しさのあまり爆発、とは言わないまでも、せめて舌打ちぐらいはできるようになってからおいで、AI増田よ。

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