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ツイッター小説「エバー・ラスティング・アロー」@lastingarrow 章間①
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Astal_jukebox @astral_jukebox

―少年が気が付くと、そこは図書館だった。板張りの床の上に薄茶色の木製の書棚。見渡す限りそれが無数に、整然と並んでいる。部屋の奥行きは極めて広い。壁が見えないほどだ。天井も高過ぎて見えない。照明も窓も見当たらないが、何故か暗さは感じなかった。人の気配は…全く無かった。

2012-12-30 09:37:15
Astal_jukebox @astral_jukebox

いつから、どうやってそこにいたのか?何も思い出せない。今が何時でここが何処かも分からなかった。白昼夢の最中にふと時間や季節を忘却する感覚に似ていた。あるいは起き抜けに見た時計の針が、例えば五時を指していた時に、外の赤い太陽を夕陽か朝日か判別し難い感覚にも近かった。

2012-12-30 09:38:41
Astal_jukebox @astral_jukebox

朧げな目覚めから暫くして、徐々に自分が何者かを思い出し始める。それでもここに来た理由やここが何処かは思い出せない。そもそも本当に図書館なのか?何故図書館と思ったのか?書棚が並んでいるから?…彼は何か別の理由がある気がしていた。そして試みに手近な棚から本を取ろうとしてみる。

2012-12-30 09:41:13
Astal_jukebox @astral_jukebox

棚の高さは少年の背の倍ほど。脚立等は見当たらないが、元より目当ての本があるわけでもない。適当に一冊を抜き取って見る……読めない。知らない文字だ。背表紙を良く見なかったので気付かなかったのだ。日本語や英語でも無いし、多少読み書きだけは出来るその他いくつかのの言語でも無い。

2012-12-30 09:45:01
Astal_jukebox @astral_jukebox

現代のその他の文字、例えばキリル、ヘブライなど…読み書き出来ぬまでも、字の特徴程度は知っているモノの何れとも思われなかった。自分が知らないマイナー文字の可能性も考えたが、それにしては周囲の棚にこの文字の本が軽く数千冊以上はある。どう考えても多過ぎる。こうなると現代語ではあるまい。

2012-12-30 09:46:11
Astal_jukebox @astral_jukebox

しかし古語とも考え難かった。彼は古代文字についても(殆ど読めはしないが)詳しい。ルーン、サンスクリット、甲骨、女真、線文字AB…古代文字のかなりの種類を同定できる知識を、一般教養以上の密度で持っている。だがその何れにも当て嵌まらないどころか、似てすらもいなかった。

2012-12-30 09:47:40
Astal_jukebox @astral_jukebox

例えば漢字と甲骨文字の様に、同じ系統の文字や類縁関係の文字は多少なりとも似ている。実際、言語学者はそれを文字の派生・分波過程研究の一助とする。勿論、多少の例外はあるが…いくらなんでも限度というものがある!

2012-12-30 09:49:49
Astal_jukebox @astral_jukebox

こんな『QRコードを2つ重ね合わせて、適当に白で抜いた』かの様なごちゃごちゃした文字など自然にあってたまるか!少年は内心憤った。強いて言えば、漢字に似て居なくもないと言えば無い。ひらがなと地図記号、程度には良く似ている。

2012-12-30 09:52:08
Astal_jukebox @astral_jukebox

少年はこれは歴史上実在した文字ではない、と結論付けた。無論、彼は有史以来全ての言語や文字を知る訳ではない。現代語にすら知らないものがある。そもそも彼以前に現代人全てにとっても未知・未解読の文字は無数にある。だがそんな文字の本が、それも新品同様の状態でこれ程現存する訳が無いのだ。

2012-12-30 09:57:38
Astal_jukebox @astral_jukebox

明らかに異常である。かと言って悪戯や道楽で作ったにしては量が多過ぎる。ざっと見た限りでは同じ本が一冊も無いので、それぞれ別々に数千冊が作られた筈である。そしてそれ以上に文字の特徴がおかしい。読みにく過ぎるのだ。少なくとも日常使用するには間違っても向かない。

2012-12-30 10:00:01
Astal_jukebox @astral_jukebox

まず字と字の切れ目が判別し難い。アルファベットの筆記体や手書きのヘブライ文字などは、慣れぬ者には切れ目が判別し難いものだが、この文字を切り分ける難しさはその比では無い。何冊か読んでみたが、やはり字はおろか図表の意味、あげくはジャンルすら分からない。

2012-12-30 10:53:23
Astal_jukebox @astral_jukebox

数時間の壮絶な死闘の末、なんとか文字の切れ目を見分けられるようにはなってきた。だがそこからが更なる地獄だった。先程QRコードを比喩に出したが、それ程一文字一文字が複雑極まりないのだ。例えば『木』を組み合わせて『森』にする要領で『龍』を六つほど組み合わせた文字を想像して頂きたい。

2012-12-30 10:54:23
Astal_jukebox @astral_jukebox

画数で言えば体感的には平均百画前後。活字だから(まだ)良いようなものの、日常で使うには面倒極まりない。トールキンのアルダ言語のような創作やエスペラントのような人工言語にしても、読者や使用者に対して不親切に過ぎる。数千冊も出版出来る支持は得られまい。道楽と仮定しても意図が見えない。

2012-12-30 10:54:42
Astal_jukebox @astral_jukebox

そもそも人工としても、既存の文字にまるで似ていなさすぎるのが恐ろしい。少年は更に格闘を続けた。その結果、どうにか文字の特徴らしきものが朧げに見えてきた。文字の種類はざっと数千以上。恐らくは表意文字…であって欲しい。それが屈折か活用(らしきもの)あるいはその両方に応じて変化する。

2012-12-30 10:55:10
Astal_jukebox @astral_jukebox

漢字で言えば『道』の『しんにょう』を固定したまま『近』や『迫』などに変化させる要領だ。しかし元の意味が『道』であるのは恐らく変わっていない。しかも格変化や照応、呼応、時制、性、数など…(であろうもの)によっても文字の形は微妙に変化する。

2012-12-30 10:55:56
Astal_jukebox @astral_jukebox

しかも一つの文字が変化すると、他の文字へ他の文字へと連鎖的に影響が派生しているらしい。照応が三往復しているらしい痕跡すら見つかった。万事がこのような始末である。出鱈目に作ったにしては良く出来過ぎているが、自然に発生したにしては余りにも使いにく過ぎるのだ!

2012-12-30 10:56:06
Astal_jukebox @astral_jukebox

数千冊の中には絵や図表を伴うものもあった。既存の…人間の言語ならばこれを元に字の意味を探ることも出来る。人間の男女の絵にそれぞれ文字があれば『男』『女』の意だろうと仮定できるし、植物の絵ばかりが載っていれば植物図鑑だろうと推測できる。しかしそれが出来なかった。

2012-12-30 11:07:51
Astal_jukebox @astral_jukebox

絵を描く習慣が無い文化なのか、そもそも抽象・写実問わず絵が殆ど無く、あっても意味の分からないばかり。図表も意味不明。これではどんな言語学者も太刀打ちできまい。こうなると本自体の組成分析などを試してみたいところだが、流石に不可能だ。…少年はここでようやく諦めることにした。

2012-12-30 11:08:19
Astal_jukebox @astral_jukebox

少年は歩き出す。当てなどは無い。そもそもどう来たのかも分からないのだから。だが、不思議と焦りも出口を探す意欲も彼には無かった。何故だか危機感が湧かなかったのだ。だからこそ未知の言語と半日以上も呑気に格闘していられたのだった。

2012-12-30 11:30:01
Astal_jukebox @astral_jukebox

書棚の幅は場所ごとに差は有れど、大半が巨大だった。端に立って、反対側の端を見ようとしても見えなかった。平均すれば百mは下るまい。一方で少年の体の横幅程度の物もいくつかは有った。道すがら何冊か本を抜き出してみたが、先程のとは違う未知の言語ばかりであった。

2012-12-30 12:19:02
Astal_jukebox @astral_jukebox

流石に先程の徒労を思い出せば、もう分析を試みる気にはなれず、ひたすら歩き続けた。…………どれ程時間が経ったろうか。歩き出してから数十分か数時間か……それ以上?彼は先程の解読作業に半日かけた、と感じていたが、これは彼の体感によるものである。時計を持っていなかった。

2012-12-30 12:19:19
Astal_jukebox @astral_jukebox

図書館内にも時計は見当たらない。そもそも時計を設置すべき壁が見えてこない。時計の鐘の音も聞こえなかった。そして館内は一様に明るいままなので時間が分からないのだ。しかし少なくとも最初に『目覚めて』から一日は経っている確信はあった。それだけ経っている筈なのに。

2012-12-30 12:20:07
Astal_jukebox @astral_jukebox

「はぁ~っ……全…然疲れてない…」少年が呟く。数時間は歩き通しなのに疲労を感じない、そして空腹すら覚えていない。彼が恐怖や危機感を抱けない理由の一つがこれである…のだろうか?これもどうにも違う気がしていた。夢にしてはリアル過ぎ、現実にしては時間が無い。

2012-12-30 12:20:47
Astal_jukebox @astral_jukebox

「ああ、そうか」彼は思い出した。あるいは思いついたのかも知れない。……(僕は、あの■に■■に来たんだった)…。

2012-12-30 12:21:34
Astal_jukebox @astral_jukebox

―――更に体感で半日。何千架目の書棚だろうか?ようやく彼の知る文字の、英語の本が見つかった。もっとも途中で見忘れていた可能性もあるが。非英語話者向けの教本らしきものを見つけて手に取る。英語の読み書きができる彼が何故そんなものを取ったのか?それは直観的な不安ゆえだった。

2012-12-30 12:43:41
Astal_jukebox @astral_jukebox

アルファベットの一覧のページを読んでみる…。「あ………ルファベット?…って……」いつから大文字が28個になったのだろうか。小文字に至っては37個ある。そんなものは英語ではないが、それでも英語に見えたのだ。英語でなければ何だ?と言われたら…まあ英語なのではないか?…というようには。

2012-12-30 12:44:42
Astal_jukebox @astral_jukebox

例文のページを見ると“I a×m ×John.”見知った筈の言語に何か余計なものが挟まっている。『×』には、英語とは似て非なる文字が入る。印象としてはキリル文字のほうがまだ近いだろう。be動詞のページには現在形として“am are is”の他に読めない字で二つ紹介されている。

2012-12-30 12:51:52
Astal_jukebox @astral_jukebox

冠詞はthe”が母音の前で“zhe”になり、“a”が“an”の他に二つの変化形を持っている。“I, my, me”のような格変化に至っては7つ程あり、ラテン語か何かの様だった。他のページも同様の有様だ。どう見ても英語では無い。しかし他の言語とも思い難いのだ。

2012-12-30 12:55:22
Astal_jukebox @astral_jukebox

『昨日』研究した言語には、未知のモノゆえの恐ろしさがあった。しかし少年にはこの『英語モドキ』のほうが余程恐ろしかった。前者をいつの間にか自宅に赤の他人がいた恐怖とするなら、後者は家族が他人のような振る舞いをしてきたような恐怖と言えようか。少年は遂に逃げるように走り去った。

2012-12-30 12:56:47
Astal_jukebox @astral_jukebox

その後も外人でも書かないような『日本語モドキ』や、定冠詞が百種類くらいある『ドイツ語モドキ』など知らない家族達に出会っては逃げ、出会っては逃げ続けた。図書館にはあるまじき全力疾走だったが、叱りに来る者が見当たらないので知ったことではない。むしろ来て欲しい程だった。

2012-12-30 12:58:15
Astal_jukebox @astral_jukebox

(いっそあの■の■■から■■に来てくれれば良いのに…!)「図書館の中で走っちゃいけません」そうこんな風に。「え…ほぅわあっ!!?」少年は衝撃のあまり転倒する。「…なんてここでは言うつもりは無いんだけどね?」彼の背後から悪戯っぽく笑うのは鈴を鳴らすような少女の声。

2012-12-30 13:04:45
Astal_jukebox @astral_jukebox

少年が振り向くと、そこに誰もいなかった。そして書棚の列も無かった。「!?」再度正面を見るとそちらも無い。正面と後ろ、書架の間の廊下すらもいつの間にか消えていた。気が付くと無数の書架は見当たらず、四畳間程度の小さな部屋の中だった。

2012-12-30 13:05:12
Astal_jukebox @astral_jukebox

床は先程までと同じ板張りだが、四方にはちゃんと壁がある。異常事態にも拘らず壁の存在に少年は安堵と懐かしさを覚えた。高さは書棚と同程度、つまり少年の倍ほど。そのうち腰の高さ程までの下部が薄赤色で、その上は白い壁、のようだがカーテンで覆われている。

2012-12-30 13:28:34
Astal_jukebox @astral_jukebox

部屋の四方は、その鮮やかなワインレッドの厚いカーテンで覆われている。うっすらとした輪郭から三方に小窓、残る一方に大窓があるらしいことは分かるのだが、外は見えない。天井には壁の延長であろう白石材を縁として、薄い寒色系のステンドグラスのようなものが中央にあった。

2012-12-30 13:28:45
Astal_jukebox @astral_jukebox

部屋の中央には小さなテーブル。その上に唯一の光源である暖色系のスタンドライト。光量は少ないが、天井のグラスを美しく輝かせている。その照り返しで部屋は左程暗くはない。光の色も煩くは無く、卓の横で小説を読むのには不自由しないだろう。

2012-12-30 13:28:57
Astal_jukebox @astral_jukebox

周囲には棚や本棚、暖炉、小さ目の調理場などが揃っていたが、ドアは見当たらない。そして卓の周りには二つの椅子。その片方には、先の声の主と思しき少女が座っていた。「ようこそ、『図書館』へ。■■■■■君」少女はそう言うと、もう一つの椅子を引いて、彼に勧めてきた。「……」

2012-12-30 13:30:12
Astal_jukebox @astral_jukebox

少年は、促されるまま、挨拶すら返せずに、ゆっくりと、椅子へ、座った。…何も起きない。「大丈夫。普通の椅子だよ」「!…」「消えたりしない」突然椅子が消えるのではないか、という緊張が解け、少年は溜息を吐いた。その間に、少女は二人分の紅茶を淹れ終えていた。

2012-12-30 13:36:10
Astal_jukebox @astral_jukebox

卓の中央には小さめのティースタンドも置かれている。中央の支柱だけで三段を支える型だ。下段にはサンドイッチとスコーンにジャムとバター、少し小さい中段にはミニケーキと苺、上段には角砂糖やミルク。普通は砂糖やバターはスタンドの外に置くものなので、珍しいが小卓用なのだろう。

2012-12-30 14:12:10
Astal_jukebox @astral_jukebox

紅茶の香りと、甘い匂いに釣られて少年は忘れていた空腹感を思い出した。実際丸一日は何も食べていなかったのだ。これまでなんともなかった方がおかしいのだ。「どうぞ?」「あ…どうも」勧められるまま紅茶を一口飲む。砂糖無しでも甘く感じられたのは、やはり疲れていたからだろうか。

2012-12-30 14:37:03
Astal_jukebox @astral_jukebox

「……」ハムチーズのサンドイッチを食べ終えると、スコーンを取り、切り分ける。「あの…ええと…初め…まして?」バターを塗りながら少女に問いかける。「…覚えてない…?」二杯目を淹れながら答える少女は寂しげな表情を浮かべていた。「やっぱり…会ってた、かな?」少年は再度聞いた。

2012-12-30 15:20:19
Astal_jukebox @astral_jukebox

バターの上に更にジャムを塗りながら記憶を辿る。彼女の顔や声には既視感があった。その優しさと悲しさ、悪戯っぽさと寂しさ…の混ざった表情も誰かに似ている、と思った。他人の空似、なのだろうか?しかし少女のほうは彼を知っている風だ。それだけではなく、やはりこの図書館にも覚えがあった。

2012-12-30 15:49:07
Astal_jukebox @astral_jukebox

「覚えてないのが普通だからね、少しでも覚えていてくれたんなら嬉しいわ」空になったカップに、いれた二杯目を注ぐ。「やっぱり会ってたんだ…?…いつ、だったかな…何かを聞いたような気がするんだけど…」スコーンを食べ終え、紅茶を一口飲む。少女は三杯目を淹れていた。

2012-12-30 15:49:20
Astal_jukebox @astral_jukebox

「それは、まだ気にしなくていいわ。今はいいの」茶の抽出を待ちながらケーキの半分を自分の皿に取り、一つを食べる。食べながら残りを空になった少年の皿に取ると、茶をカップに注いだ。「それより今、の話をしましょう」「今?」少年もケーキを食べ、一杯目の茶をようやく飲み終えた。

2012-12-30 15:55:45
Astal_jukebox @astral_jukebox

「うん、貴方は受付を飛ばしちゃって、いきなり奥に来ちゃったみたいだから、コレを渡しておこうと思って。…はい、どうぞ」少女はどこからかカードを取り出した。名刺か何かの如く両手でそれを差し出した。「ど、どうも」少年も両手を出して受け取った。「…!…!!?」

2012-12-30 15:56:06
Astal_jukebox @astral_jukebox

ザ――ザ―ザザ……ザ―――ザ、ザザ…。頭の中に、周囲の景色に一瞬ノイズが走る。不快な感覚では無かった。だが同時に世界全てから置き去りにされたような、途方もない孤独感もあった。ノイズが晴れると、少年はその図書館カードを自分の中にしまった―――何故図書館カードだと分かったのか。

2012-12-30 16:18:20
Astal_jukebox @astral_jukebox

そればかりか使い方すら分かっていた。手にした瞬間にそれらの必要な情報が全て彼の中に刻み込まれたのだ。その事実自体も理解していた。昔から使い慣れたような感覚になっていた。これで館内の殆ど何処にでも瞬時に移動出来る。蔵書の検索や取り寄せを始めとした多くの機能もある。

2012-12-30 16:18:35
Astal_jukebox @astral_jukebox

それらの知識が手足の動かし方の如く、常識として刻み込まれていた。「――――」「驚いちゃった?」「いや……驚いてないことに、驚いてるよ」「あはは」少女は苦笑しながら、茶葉を入れ替えたティーポットで淹れた紅茶を注いだ。少年が半分飲む間に、少女は次を注いでいた。角砂糖も2つ混ぜる。

2012-12-30 16:18:52
Astal_jukebox @astral_jukebox

「…それで大体は何処でも行けるからね。貴方の用事の前にあちこち行ってみたり、読んでみても良いと思うよ」「ああ、うん…」二人が同時に空のカップを置いた。「…え、僕の用事?…」「ええ、前に貴方に会ったときにね、頼まれたことがあって」「え……僕が………頼んだ…?」「ええ、大事なこと」

2012-12-30 16:24:33
Astal_jukebox @astral_jukebox

少女は茶を注いで、自分の分に角砂糖を2つ入れて混ぜた。そして半分だけ飲むとポットを持って席を立った。「大事な…」少年は再び記憶を探る。ただ会っただけならまだしも、『大事な』頼みごとまでしておいて忘れたというのは何とも解せなかった。一体何を頼んだと言うのか…?

2012-12-30 16:48:10
Astal_jukebox @astral_jukebox

茶葉を取り換えた少女が戻ってきた。ポットと共に何か白い容器を持っている。椅子に座ると容器の蓋を開けて、ティースタンドに中身を乗せて行く。それを見ながら少年は冷え切った紅茶を一気に飲み干した、潤した口で改めて、問う。「その…僕は、君に一体何を頼んだの?」「預かりものよ」

2012-12-30 16:48:18
Astal_jukebox @astral_jukebox

残りを飲み干し、次を淹れる。足元に大容量の給湯ポットを置いてから話を続ける。「『本』を私が前に会ったときに貴方から預かったの。ただちょっと大変なところにあるわ」「大変?手元にはないってこと?」「そうよ。私は場所を貸したりしただけね」「それで、場所は…?…調べればいいか」

2012-12-30 17:05:15
Astal_jukebox @astral_jukebox

「そうしてもらった方がいいわね」二人分の紅茶を注ぐ。自分の分には再び山盛りになった皿から2つだけ角砂糖を取って入れた。少年は自分の中からカードを取り出した。長方形を4つ合わせたデザインで縁と、中の十字部は焦げた金色。長方形部分は落ち着いた深緑。中央には歯車。

2012-12-30 17:08:48
Astal_jukebox @astral_jukebox

その歯車を指で軽く押し込むと、浮き出てきた。そして再度押すとボタンとして機能し、ナビや検索などの機能が起動する仕組みだ。ザザ……ザザ…ザ―――ラジオのチューニング音じみた軽快なノイズの中、未知の情報が既知の常識へと変わる。サ―――――。ノイズが晴れていく。

2012-12-30 17:09:07
Astal_jukebox @astral_jukebox

「え……その…え?」「うん、取りあえず、落ち着いてね」「えーーーー!?」彼が驚くのも無理はない。問題の本は瞬間転移では辿り着けない、『例外』のエリアに有ったのだ。ただし、近くまで転移してから歩いていくことは出来る。立ち入り禁止だったり資格が必要になるようなエリアでは無かった。

2012-12-30 17:53:15
Astal_jukebox @astral_jukebox

問題はその移動距離だ。少年は紅茶をやけ酒の如く、グッと一気に飲み干す。飲まねばやっていられなかったのだ。酒があれば彼の国の法律を無視して一気に呷ったことだろう。飲めもしないのに。「ゴホッゴホッ!」「大丈夫?」まだ80℃はあっただろう茶は、間違っても一気に飲むべき代物ではなかった。

2012-12-30 17:53:36
Astal_jukebox @astral_jukebox

紅茶の飲み方としては非礼極まりなかったが、少女は咎めずに二人分を次いでくれた。少年の分は半分だけに留めた。そして彼に断わりなく砂糖を一つ混ぜると、残りには持ってきたミルクを注いだ。「うう…その、ゴメンなさい」「大丈夫?飲んで?」砂糖入りのミルクティーをゆっくりと流し込む。

2012-12-30 17:54:10
Astal_jukebox @astral_jukebox

喉と共に気持ちも冷えていく。『自分』が頼んでしまった以上、自分で回収しに行くべきなのだろうが、出来れば投げ出してしまいたかった。一日や二日歩いてどうにかなる程度の距離では無かったのだ。、もっとも彼はもう行く決心はしていた。それでもたかが決心如きで割り切れる距離では無かった。

2012-12-30 17:55:21
Astal_jukebox @astral_jukebox

私が前に会った時の貴方は、それを自分で置きに行ってたよ」「え、マジで…?」「うん」「マジでぞよか…?」「うん」あっさりと言ってのけると、固くなった自分の最後のケーキを口にし、咀嚼した。「歩いて?」「…」少年の分のケーキを1個無断で取ってさらに咀嚼する。「…」「…」

2012-12-30 18:04:59
Astal_jukebox @astral_jukebox

ゆっくりと咀嚼を終えると、紅茶を飲み干す。そして3つ残る少年のケーキのうちの1つにフォークを「あむ」少年が皿を引き寄せ、3つ全てを口に直接放り込んだ。「…!」意外な彼の行動に少女は驚愕するが、すぐにティーポットを持って茶葉を替えに行く。「…」

2012-12-30 18:05:14
Astal_jukebox @astral_jukebox

少女が戻ってくる。「!」給湯ポットが無い。いや、「歩いて?」少年の腕の中だ。「え~っと…返して?」「僕は歩いて置きに行ったの?」「その~」少女は困り顔で、無い茶を濁そうとするが、やはり無いものは濁しようが無かった。「はい…。お察しの通りよ」「………・」

2012-12-30 18:27:16
Astal_jukebox @astral_jukebox

「その時の貴方は、そこまで歩かなかったわ」「?完全に歩かなかった訳じゃないの?」予想と違う答えに今度は少年が困惑する番だった。「ええ、私が前に会った時の貴方は、泳いでたわ」「泳ぐ?」「うん」「泳ぐってどこを?ここは図書館だろ?」「…」「…」再びの無言の応酬。

2012-12-30 18:27:40
Astal_jukebox @astral_jukebox

「あっ」ポットを両腕に抱えたままだったことに気付いた。「ゴメン!わざとじゃないんだけど、重過ぎて逆になんか忘れてたっ…とぉっ!」立ち上がりつつ両腕でポットを持ち上げて少女の元へと運ぶ。「ありがと」悪戯っぽい笑みを浮かべると、少女は片手でポットを受け取り、湯を注いだ。

2012-12-30 18:27:56
Astal_jukebox @astral_jukebox

「そうね、あれは…海ね…一応」「海ぃ!?」「ええ、すぐ『隣』から泳いで行って、そこに本を沈めたの」休むところはたくさんあったけど、でも1か月はかかったわね。「うわ……歩きで良いです。贅沢は言いません」「うん、頑張ってね」微笑みかけると、空のカップにセカンドフラッシュを注ぐ。

2012-12-30 18:28:20
Astal_jukebox @astral_jukebox

「それで、急ぐかしら?」「いや…ちょっと休んでいきたいです」うなだれながら言った。「もうちょっと可愛い女の子と話してからでないときっともたないとおもう」「ありがとう。でも今からそれだと大変よ」「がんばる」露骨に知能指数の低下した声で励ましに応じた。

2012-12-30 18:28:30
Astal_jukebox @astral_jukebox

「私のほうもまだ暫くは大丈夫だけど、何か話したいこととか聞きたいこととかあるかしら?」問いかけながら、少女は空になったティースタンドを砂糖の皿だけ外して、調理場に下げる。そして座ると軽く腕を組みながら少年の返答を待つ。「……あの」「うん」「じゃあ取り敢えず一つ良いかな?」

2012-12-30 18:29:56
Astal_jukebox @astral_jukebox

「どうぞ?」「さっきからさ」「うん」「ずっと言いたかったんだけどさ」「うん」「「………」」二人の間に沈黙が流れる。「えー…っと。君、そのぅ…女の子にこんなことを言うのも何なんだけど……その、紅茶の」「あら、貴方も私が紅茶飲み過ぎだとか言うの?」ワザとらしい悲しげな表情で聞く。

2012-12-30 18:32:10
Astal_jukebox @astral_jukebox

「いや違う」「え?」表情を一変させ、きょとん、となる。「君の入れてくれたお茶だから、そこはとやかく言わないよ」だからこそケーキを取られても彼は何も言わなかったのだ。「え、でも『紅茶の』って」「いや、だからね?」「うん?」少年は眉を寄せ不思議そうな顔になって、言った。

2012-12-30 18:37:00
Astal_jukebox @astral_jukebox

「なんでもっと大きいカップにしないの?」

2012-12-30 18:37:18
Astal_jukebox @astral_jukebox

「……………………………………え?」ぴたり、と少女は静止する。「お湯のポットはこんな大きいんだし、僕より力あるんだから重いってことは無いだろうし……あ!」有る可能性に気付く。「もしかして大事なカップだとか、宗教的な理由とかだったら、その、余計かも知れないんだけど…!」「……」

2012-12-30 18:40:34
Astal_jukebox @astral_jukebox

「いえ、違うわ。そうじゃないのよ。ありがとう」少女は椅子を立ち、ほぼ直角に頭を下げる。「……今度の時には用意しておくわね」「今度」………『今度』。もうすぐ長い旅に出る少年に取って彼女との、再会の約束に等しい言葉は、とても温かく、そして頼もしくも感じられたのだった…………。

2012-12-30 18:40:52
Astal_jukebox @astral_jukebox

「…………………思いつかなかっただけなんだ…」「………………うん」

2012-12-30 18:41:05
Astal_jukebox @astral_jukebox

~章間① 「その海を泳ぐ者」 #1 終わり~

2012-12-30 18:41:25
まとめたひと
星月夜 禁森6話完結 @hosidukuyo

約10年越しで復活したファイナルファンタジーSなどをまとめています。 (※FF二次創作小説です。詳細は@bot_FFShttp://togetter.com/li/531824で)  FFS以外のまとめや別アカウントのやつはマイタグから↓

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