西暦2013年4月11日(木)15:50。茨城県日舘市新渡町、星咲学園中等部、屋上。七橋裕岐は呼び出しを受けてここに来ていた。今朝『七橋に用のある奴がいるから、4時に屋上へ行け。OK?』と浅空勇矢に頼まれ、『OK!』と二つ返事で返したのだ。勇矢は何故か倒れた。 1
2013-01-11 06:40:07誰が来るのかとは言われなかったし、聞かなかった。教える気があるなら勇矢は言う筈だし、言わなかったからには教える気が無いからだ。そもそも放課後には分かることを無理に聞く必要もない。予定も元々空いていた。AB部は基本的に月水金が活動日なのだ。相手が配慮してくれたのだろうか。 2
2013-01-11 07:00:58わざわざ呼び出すからには相手は部員では無かろうが、そうすると活動日を知っているのが不思議である。AB部は新しく、部員もまだ募集していない。活動日を知る手段は限られる。状況的に勇矢が教えたと考えるべきだが、それも不思議だった。彼の知る浅空勇矢は友を作るタイプではなかった筈だ。 3
2013-01-11 07:10:45そもそも何故勇矢を使ったのか。入学以来二人が話したのは部活以外では数回程度、合わせても十分は超えないだろう。他の級友達と話した時間の方がまだ長いくらいだった。二人が旧知と知るのはそれこそ同じ来栖見の者か良くて同じA組の生徒くらいだろうが、それも部内を除くと数名程度。 4
2013-01-11 07:20:46しかも全員が裕岐の知り合いで有る為、彼等があえて勇矢を介する必要性が薄い。深く考える程、呼び出される心当たりが無くなっていったが、どの道あと十分で分かることだ。そう考え、部活動のほうに思考を移す。明日の試合はまたも勇矢一人対福岡組三人だが、再来週は彼と星護も参戦する。 5
2013-01-11 07:30:27試合用のロボットは概ね完成していたので、運用方や改良案について考えていた。もっとも勇矢が再来週用の機体をまだ出してこないので、戦術を深く詰められるのは来週以降だろう。勇矢には明日の試合もあるので仕方の無いことではあるが…「七橋裕岐さん、ですね」声を掛けられ、思考を中断する。 6
2013-01-11 07:40:17「ああ俺が七橋だけど、君かい?」そこにいたのは同学年の少女。「はい………はじめ、まして」重々しく頭を下げた少女は名前とクラスを名乗り、自己紹介をした。そして一拍を置いて続けた。 7
2013-01-11 07:50:52「裕……七橋…さん…わた…私と付き合って……恋人になってください!」少女はまた深く頭を下げた。「……」裕岐は一瞬呆然となる。だが直ぐに素早く思考を巡らせた。彼女とは面識は無い。クラスもA組の裕岐と違いC組だそうだ。何故自分なのか? 8
2013-01-11 08:00:06彼女の態度はは真剣そのもの。しかもどう見てもかなり前からこちらを知っているような態度に見えた。「その…?前に、どこかで会ったかな?」「……一目惚れ…です」少女はきっぱりと、力強く断言した。(嘘…か)しかし裕岐は、そう直感した。だが悪意のある嘘では無いとも思われた。「……」 9
2013-01-11 08:11:10問い質しても答えてはくれないのだろう。こういう態度と雰囲気には覚えがあったので、それが分かった。裕岐には恋人はおらず、そして欲しいという気持ちも人並みには有った。彼女の態度や嘘は気になったが、拒絶する理由は無かった。「本当に、俺で良いの?」「…はい!ゆ…七橋さん」 10
2013-01-11 08:20:14裕岐は微笑みながら返事をした。「………分かった。宜しく…その、『まずは友達から』ってヤツでよければ」「はい!ありがとうございます!!」明るい笑顔で少女が答えた。そこに嘘は欠片も無かった。少なくとも、今のその笑顔には。 11
2013-01-11 08:30:49ミストルティン編第四話「護られるべき笑顔~ノー・ティアー!ノー・ペイン!~」 #1 「ブレイビート・チェイサー・2013」
2013-01-11 08:33:22この前日。西暦2013年4月10(水)17:15。茨城県日舘市新渡町 星咲学園中等部文化部部活塔アクトボット部部室。 12
2013-01-11 08:35:29勇矢と、智明・隆光の模擬試合の終了後、試合内容についての会議が行われていた。司会はやや疲れた様子の伊都谷湊。直前の茶番のせいだ。書記役は仁美と星護。それぞれボードとノートの担当である。両機共、評価の声も多かったが、改善点についても多くの意見が出てきた。 13
2013-01-11 08:40:52ビートは排熱性が一番の課題である。これはビートに限らず戦闘型ロボット…いや稼働部のある全ての機械に言える問題ではあるのは勿論である。しかし隆光の常人離れした動きを再現する為、ビートはかなり無茶な、ピーキーな仕様になっており、特に重要な問題である。 14
2013-01-11 08:45:02この仕様で普通に動かすだけでも十数分でオーバーヒートしかねないのだが、それを隆光の異常スピードで行う為、冷却剤無しでは最悪数分で熱暴走してしまう。かつては即効で敵機を全滅させる、得点制を無視した戦法で、熱暴走前にケリをつけていたのだが、今でもコレが通じるとは思い難かった。 15
2013-01-11 08:50:2509年・10年と二年連続で企業チームが小学生達に散々に蹴散らされたことで、大会常連の上位チームなどは浮足立って性能アップを図っていた。それまでも主催である『八千代グループ』が第一回以来の万年優勝状態であったが、この八千代に対する敵愾心とはまた事情が異なった。 16
2013-01-11 08:55:34強過ぎるとは言え、八千代も企業チームの一つ。上位陣はどこかで『負けても仕方ない』と挑戦を諦めてしまっていたのかも知れなかった。しかし小学生にまで負けっぱなしではいられなかった。実際09年に勇矢に負けた企業のうちの一部の株価が一時目に見えて下がったせいでもある。 17
2013-01-11 09:00:44それに加えて「災害」による11年度の大会の休止である。『先見性』のある『強い』企業はアクトボット用予算を一定以上維持し再開に備えていた。しかし幾つかの企業はAB関連部門の、この年の予算を大幅削減もしくは部門自体を廃止してしまっていた。 18
2013-01-11 09:05:43翌年度の大会再開に当たって彼等の反応は、慌ててAB部門を再建するか諦めるかに二分されたが、いずれにせよ備えていた企業に大きく遅れてしまっていた。…この為、前年度から大会のレベルは大きく上がった。同時に「小学生でも勝てるなら」と素人も増えたので平均自体は下がったかも知れない。 19
2013-01-11 09:10:41これに加えて、戦法が広く知られてしまったことも大きい。去年はスカウト目的での、小手調べの出場だったとはいえ、地区大会で敗退した。戦力を小出しにぶつける戦法を連続で受け、熱暴走に追い込まれたのだ。智明もこの弱点は充分理解しており、他機との連携でこれを補うつもりでいた。 20
2013-01-11 09:16:26しかし部員からの意見は連携に関してではなく、排熱性の改善案が殆どだった。外付けファンの増設、蹴り技依存度を減らして車輪を強化し、高速移動による風での冷却をする、液体循環冷却、敢えてメッシュ部を減らしての排熱一極化…具体的なものを含むプランが短時間でこれだけ出てきたのだ。 21
2013-01-11 09:20:46無論、智明は改善を考えていなかったわけではない。しかし予算と現代の科学技術の問題から改善の余地は今の5割増し程度しかいないと考えていた。だからこそ連携のほうを重要視していたのだ。しかしこれらの改善案をうまく複合出来れば、3倍以上も夢ではない!智明には嬉しい誤算だった。 22
2013-01-11 09:25:02一方のジョーカーは、性能の高さの割には批判的な意見の方が多く集まった。これもある意味当然ではあった。装甲が薄く回避重点のビートに対し、ジョーカーは自切・相討上等、壊れることが前提の機体である。ビートも自切は出来るが、アレは緊急用であり目的が違う。 23
2013-01-11 09:30:18これでは1試合だけならともかく、連戦前提のAB出場機に向かない…という批判に、勇矢は「アレをそのまま大会に出す気はない」と反論。興基が「それではシミュレーションにならない」と更に反論を返したが、ここで意外にも専門外の筈の仁美が意見を出した。 24
2013-01-11 09:35:50「あの…絶対にああいう機体は出てこないんですか?」「いやそんなの出て来る訳…っ!?」興基は彼女に反論しかけ、何かに引っかかった。仁美は彼の口調に委縮しながらも続けた。「あの、出場するのとは別に控えもあるんですよね?だから、そういうのを、とっておいて、その……」 25
2013-01-11 09:40:08「分かった!分かった!」「ひっ」仁美は委縮。彼を怒らせたか!?「俺が甘かったよ。お前の言うとおりだ。悪かったな」見落としを認め興起は謝罪した。「い…いえ…うう」謝られたにもかかわらず仁美は委縮してしまう。一体何が話題になっているのか? 26
2013-01-11 09:55:50アクトボットのレギュレーションを少しだけ説明しよう。多くの『競技』と名の付くもの同様に、ABにも出場人数や機体の制限がある。「1試合で出場出来る機体」は20体まで。これに1体ごと及び全体でのサイズ・重量制限が加わる。この『全体』には整備・修理用の部品や武器の予備も含まれる。 27
2013-01-11 17:36:05この限られたリソースを、機体の数と質やサイズ等を考えて割り振るのだ。更に予算や人員の問題もある。そのため、実際は一試合に出される平均数は10体前後である。しかしこれは『一試合に出場させる』機体の話だ。出場登録自体は『出場制限の5割までの重量で30体まで』登録出来る。 28
2013-01-11 17:40:26「出場中の機体が壊れても次の試合まで交替は出来ない」が、余裕のあるチームは何体か控えも登録しておくのだ。これにより対戦相手に応じて機体を組み合わて戦術を替えたり、損傷機体の予備や代替も立てられるのだ。修理もその間に余裕を持って出来る。 29
2013-01-11 17:45:49無論、1度に20体フルに試合に出すチームが少ないのと同様に、控え枠に30機ギリギリまで登録するチームも少ない。リソースを埋め切れる程に予算のあるチームが少ないのもあるが、多くの機体を作るよりは少数精鋭の機体を作り、残りの枠はその交換パーツで埋める方が得策だからである。 30
2013-01-11 17:50:10特にここにいる部員達にはその傾向が強い。全国大会レベルのチームは通常、出場・登録枠を前述の通りフルに埋めてくる。機体は勿論のこと、人員に関してもだ。最悪素人しか用意出来なくともマネジメントや力仕事、雑用などで役に立つ。人件費に余裕があれば埋めない手は無い。 31
2013-01-11 17:56:26しかし彼等はかつて各チーム共1~3名、3機前後という超少数精鋭で戦っていた。それに可能な限りの戦力・重量を詰め込み、残りの枠は部品や弾薬で埋めていた。おかげで1機当たりの強さは他チームを凌駕していたが、自滅前提の特攻機をおいて置く余裕など当然なかった。 32
2013-01-11 18:00:55しかし余力のあるチームなら、競合対策に整備性度外視のカミカゼ機を控えにしておき、切り札にする可能性は十分に有り得る。この点は他の部員も見落としていた。これまではほぼ見かけなかったが、今後は資金や機体に余裕がある団体がそういう切り札を使ってくる可能性もあり得るのだ。 33
2013-01-11 18:05:35「浅空君はそこまで考えてたのね?」早紀が確認する。「いや、むしろ金や怨恨目当ての線を考えてた」「怨恨、は…ともかくお金目当?」特攻機と言えど、製作には金がかかる。それ以前に参加費用が千万単位でかかることもあり、優勝賞金を得られてすらなお赤字になることも珍しくない。 34
2013-01-11 18:10:31そもそも企業チームの参加は大抵が広告目的だ。余程うまくやらねばアクトボットで金を稼ぐのは難しい。今の早紀にはそれが良く分かる。更に言えば、特攻で一時的に勝利出来ても機体を失えばその分戦力が減る。決行のタイミング次第では逆に優勝が遠のくだろう。皆がそう思った。 35
2013-01-11 18:15:39「金目当てであって、賞金目当てではない…ってことですよね?」と湊。「ああ、八百長だ」「八百長…?」「といってもワザと負けてもらうアレじゃない。えっとその、なんだ…」うまく説明出来ない勇矢を見かねて星護が替わった。「まず、この対戦表を見てくれるかな?」 36
2013-01-11 18:21:02ホワイトボードに簡単なA~Dチームからなる対戦表を書いた。AとB、CとDが戦い、それぞれの勝利者同士が次に戦う図表だ。「特攻機を持つチームをこのA、優勝候補として…そうだね、前年度優勝のチームをBとしよう」Aの下に剣の絵、Bの下に王冠の絵を描いた。現実なら八千代チームだ。 37
2013-01-11 18:25:28「Dは直接関係ないので、Cに負けたものとして除外してくれ」Dに斜線を引く。「で、八百長の主犯、指示犯人がCチームだ」Cの下にサングラスの絵を描いた。『黒幕』と言いたいらしい。「Cなんですか?」「そうだよ。Aに指示してBに特攻させるんだ」 38
2013-01-11 18:28:43「CにとってはAとBが相討ちになればベストだけど、どっちが勝っても構わないんだ。特攻をした方と、受けた方、どちらが勝ち残ってもダメージは大きいからね」Aが残れば所謂、無気力試合を演じさせ、弱ったBが残れば実力で粉砕するというわけだ。 39
2013-01-11 18:32:08「最初からBを買収して、八百長をさせるんじゃダメなんですか?」仁美が問う。「うん。まずばれない様にわざと負けるってのは難しいんだ。しかもロボを使っての集団戦となるとなおさらね。自然に負けるための練習が必要だね」八百長・敗北の練習。『練習』とこれ程縁遠い枕言葉もそうあるまい。 40
2013-01-11 18:35:39「Aが勝ち残ったとしてもボロボロだろうから、演技の必要も無いかも知れないね」手抜きと特攻。自分の肉体が痛まない以上、どちらがより、やりやすいかは明白だろう。しかもその場では全力で戦った結果にしか見えないのだ。「……」智明は苦い顔だった。 41
2013-01-11 18:39:12勝利や名誉よりも金、彼にはあり得ない発想だった。他の者も概ね同様の表情だった。…この中にも賞金目当てで出場した者はいる。だが彼らは優勝もちゃんと目指していたのだから。ロボット競技者としての矜持もちゃんと持っていたのだ。でなければ金儲けの手段として選ばなかったかも知れない。 42
2013-01-11 18:46:08「それにBが買収に応じる可能性は少ない。前年度優勝する程のチームだからね」企業チームの多くは金目当てでは無く、広告や技術力のアピールを目当てに参加している。企業が直接利益にならない(公算の高い)ことに金を使うのは大体がそういうことである。 43
2013-01-11 18:52:46「まあAチームは志が低いとか優勝賞金を上回る額の金で買収されたいうことかな、この場合」不確実な賞金一億と確実な数億。誇りが無ければ迷う者はいまい。「でも、それだとおかしくないか?」興基が質問した。「うん、分かってるよ。対戦表だろう?」「ああ」 44
2013-01-11 18:56:03この買収を行うには『大会前に買収して特攻機を作らせる』『AとBが、Cより先に戦う』ことが必要になる。専用機が無くとも特攻戦法は出来るが、機体と戦略・戦術は一体のものである。ある戦術に最適化させるには製作段階から備えていないと難しい。 45
2013-01-11 19:00:25「そりゃあEとかFとかGとか、全国に行けるレベルのチームに手当たり次第依頼すれば良い」「はぁ!?」「勿論数十億くらいかかるかも知れないが、名誉や目先の宣伝よりも、まずは金ってところもあるだろうしさ」「そんなあちこち!金はともかく、どっかからばれるだろう!?」 46
2013-01-11 19:10:44興基は途中から星護ではなく、勇矢にそう言った。「そりゃそうだ。でもうまくその辺をなんか出来るんならあり得ないことじゃない、だろう?」「だね。可能性としては排除出来ない。可能性の話だけど」「……かもな」興基も忌々しげに納得する。 47
2013-01-11 19:15:30彼等には皆、競技者としての矜持がある。だからこそ、この発想にすぐに辿り着かないのも無理はない。しかしこれは現実に起こりうることだ。真剣勝負の最中にわざと手を抜くよりは、反則覚悟で全力を出す方が当事者には簡単だろうし、審判や観客、他のチームにとっても不正とは分かりにくくなる。 48
2013-01-11 19:20:08特攻戦法。確かに仁美のいうケースと併せて警戒すべきではある。やはり戦術研究家の星護や未経験者ゆえに新鮮な意見を持つ仁美、この二人を入れたのは議論の観点を増やす上でも正解だった。智明は思った。そして話題はそのまま戦術・戦略面の方に移っていった― 49
2013-01-11 19:25:25―そして!…金曜の勇矢vs福岡組の話になった。「でも浅空君…金曜で大丈夫なの?」早紀が問う。「と、言いますと?」名刑事めかせた口調で勇矢が問い返す。「今日一機壊れたばかりなのに…そもそも3対1ってのが難しいんじゃ」「え、3対3だろ?」「え?」「え?」顔を見合わせる二人。 50
2013-01-11 19:30:45「観崎君どういうこと?3対3って聞いてたんだけど?」「人数の話ですよ、それは。機体は3対3です」答えたのは湊だ。「観崎君に聞いたんだけど?」「いやこの位の茶番で智明さんに出てもらうまでも」「湊」智明の声に湊は黙る。早紀も剣呑な空気を引っ込める。 51
2013-01-11 19:35:19「…じゃあ、それで…本当に私達3人と、浅空君の1人で良いの?」「…?いや機体はどっちも3体だろ?」「だから、それを1人で動かすんでしょう…貴方本当にそれでいいの?」彼はかつて1人で3~4機を同時に動し、全国大会上位になった。早紀もそれは承知である。 52
2013-01-11 19:42:52しかし同時に複数機を操れようとも、その分だけ一体毎の操作の精緻さは落ちるのも確かだ。3人で3機を操るチーム相手ではその分だけ不利だ。「それとも……1人で勝てると思われてるのかしら?私達」早紀の声は静かだ。「この二人を甘く見ない方がいいよ?」直人も忠告する。 53
2013-01-11 19:46:14「『組合を舐めんじゃねぇよ』」起矢は面白そうに挑発する。「!!」勇矢がその台詞に反応する。「『怖いかクソッタレ。当然だぜ。元グリーンベレー括弧HNの俺に勝てるもんか』」「『試してみるか?俺だって元コマンドー(PN)だ』」勇矢と起矢の謎の応酬。 54
2013-01-11 19:50:30「「……『面白い奴だ、気に入った、殺すのは最後にしてやる』」」一言一句タイミング共に完全一致!二人は数秒、無言で見つめあう。そして同時に腕を捲り上げると、細く引き締まった右腕…の筋肉を打ち合わせた。同じネタを愛す組合員同士で通じ合ったようだ。「何やってんのよ…」 55
2013-01-11 19:55:52「まあ、アレだよ。今は勝ち負けはどうでもいんだ。重要な事じゃない」「ウザ」「データさえ取れれば良いってことね?」「そう。僕が『3対1は卑怯だろ!』とか言い出したら、踏み倒していいから」…数分後。「そいじゃっ!いや時間使っちまったわ」勇矢は一足先に部室を飛び出した。 56
2013-01-11 20:00:12外へ移動するその音は、駆け足にしては躊躇いがちで、ゆっくりとしていた。騒音に配慮されたこの部室は、工業系文化部の部室塔の中でも奥まっている。その為、玄関を出た瞬間に彼が駆けだしたことに気付けたのは常人離れした聴覚の隆光だけだったようだ。 57
2013-01-11 20:04:15彼がその音を聴くまでの1分弱の間、部員達は無言で動けずにいた。「…泣いてたわね、彼」早紀が呟く。裕岐は目を伏せ、星護は片手で顔を覆った。「大泣きでしたね…」湊がつい、早紀に返事をし、したことに気付いて押し黙り直した。「…」「…」再びの沈黙。一人、裕岐が口を開いた。 58
2013-01-11 20:08:43「さっきまでのあんな楽しそうなユウも、あんなマジ泣きするユウも久々に見たよ」「そう…なんだ」他の部員達も順次帰宅を始め、数分ほどで誰もいなくなった。智明が、ちゃんとした帰りの挨拶を忘れていたことに気付くのは自宅に着いてからだった――― 56
2013-01-11 20:11:15――そして今。西暦2013年4月12(金)15:40。AB部室。村雨早紀・海上起矢・河坂直人の3人対浅空勇矢による模擬試合が行われようとしていた。ルールは前回同様、得点制の無い戦闘のみの略式ルールである。ただし制限時間は1時間と長めだ。これは勇矢にとってこそ不利となる。 57
2013-01-11 20:17:09アクトボットにおいて、試合中に機体が故障した場合の修理や武器等の交換は可能である。しかし審判が認める場合を除いてタイムにはならない。更に言えば故障した機体を人間が取りに行くことは原則認められていない。自力、もしくは他の機体による運搬が必要なのだ。 58
2013-01-11 20:21:45早紀が不公平と思ったのもこの点の方が大きい。自分達は1人の機体が故障しても、その操縦者ないし交替した別の1人が修理を余裕を持って行えるが、勇矢は全て1人でやらなければならないからだ。これではやはり「3対1は卑怯だろ!」と今勇矢が言い出すのも無理はない。 59
2013-01-11 20:25:09「……」「……」「……」「…踏んでくれないの?今言ったよ」「え、いや」「早紀」全力でヒく女子中学生の肩を起矢が軽く叩く。「踏んで…やれよ」「え…」「踏んでやってくれ。俺にはワカル。アイツがどれ程踏まれたがっているか」「え」既に勇矢は土下座…いや踏まれるための待機姿勢だった。 60
2013-01-11 20:30:29その背中には足踏み健康マットが貼り付けられていた。女王様に対するドMなりのいじましい配慮だ。「嫌よ…だいたい私踏むなんて一言も言ってないでしょ」「早紀、お前は浅空を踏むと言ったな、あれは嘘か?」「言ってないって!」「ありがとうございます!」蹴られた起矢は謝辞を述べた。 61
2013-01-11 20:34:03戯言はさておき。両チームとも3体のロボットのセッティングを終えた。福岡チームは剣のような形のロボ、蟹に人の足が生えたようなあ人間型、そして人型ロボの両手にヘラが付いたものの三体。勇矢は三体とも人型だった。 62
2013-01-11 20:34:03剣型は早紀による『レーヴァティン』。刺突剣を三対の車輪に乗せたようなデザイン。車輪付き小型アームも二基ついている。更に後ろや横、上部にも何やら武装が見える。明らかに超攻撃型の機体だ。去年の敗北の一員であった死角を無くした結果がご覧の有様だった。 63
2013-01-11 20:36:15クリップのような鋏が付いた人型機は『バイラオール』直人が操縦する。このクリップの名称は『ミハルス』。カスタネットのようなものである。このミハルス鋏は切断こそ出来ないが、鋏む他に殴る、返す、など多彩な動きが可能である。これは『ヘラ』を改良したものだ。 64
2013-01-11 20:39:31ヘラと書くと一見珍妙だが、人型ロボ同士の格闘では攻防に非常に優れており、実際多くのロボに採用されている。掌底の様な範囲打撃、足払い、回転チョップ、そしてそれらに対する防御と応用性も高い。特に軽量級や人型機にとって足元を崩されるのは致命的であるのだ。 65
2013-01-11 20:42:44ハサミ型の手の採用状況も同様である。返す動作ではヘラに劣るが、掴めるというアドバンテージは大きい。特にアクトボットでは、旗等の得点源を運ぶのに使える。ただ運搬には専用の機体が作られることが多いので、戦闘用機体が運搬するのは稀だ。運搬用途は主目的では無い。 66
2013-01-11 20:47:15また正面は一見がら空きだが、通常人型ロボの格闘は横面を敵に向けて行われることが多い。剣を持たないフェンシングのような動きだ。弱点である敵の正面や背後を狙うのが基本戦術となる。ブレイビートのように、向かい合っての格闘を前提とした人型機体はそれだけ制作が難しいということだ。 66
2013-01-11 20:50:56蟹型の機体は起矢の『ボールドキャンサー』。見るからに防御型だが、蟹風の鋏や大型車輪もついており打撃も侮れないだろう。「カニ型ですか…」「私も止めろって言ったんだけど…」湊と早紀が苦言を呈する。他の部員達もあまりいい顔ではい。「なんだよ!カニ美味しいだろ!カニに罪は無い!」 67
2013-01-11 20:55:18「でも、今はやっぱりイメージが悪いから…君が得意なデザインなのは分かるんだけど…その…大会では自粛してくれないかな…」「今だからこそだろ!」智明に敢然と反論する起矢。港湾労働者組合員の息子としては譲れないのだろう。何故今蟹のイメージが今悪いのか?これはいずれ語ろう。 68
2013-01-11 21:00:42そして勇矢側。彼の左、バイラオールと対する位置に全身鏡張りのような機体『N-17 クリアーマインド』。その姿は捉え難い。両手の周りにクワガタのようなクローがあり、右手が白い。両足横には車輪の他武器らしきものがある。脚部は直進できる構造には見えない。車輪で前後するのだろう。 69
2013-01-11 21:05:12右側、ボールドキャンサーの前には『N-11 ネクストステージ』。人型だが、脚部が三脚で中央にも軸があり、その全ての下に稼働型の車輪がある。上半身は赤い重厚な鎧に包まれ、二本の剣を両手に持っている。顔は上部に『A』下部に『Ω』のようなマスクだ。 70
2013-01-11 21:11:17中央は『N-4a カリグラ』細い長身の機体で、身の丈に匹敵しそうな両腕が印象的だ。大き過ぎて45度も下に曲げれば地面に着くであろう。、指は無く三対の、バイクのマフラーのような形状になっている。その中には露骨にミサイルのようなものが合計十二発分覗いている。 71
2013-01-11 21:17:02―15:58。準備が完了した。「それでは『浅空勇矢対福岡呼北チーム』の試合を開始します。両者前へ!」湊の声に両者が中央に揃う。「…やっぱダメか…」ようやく諦めた勇矢が土下座姿勢から起き上がった。起矢が勇矢の肩を叩いて慰めると、両者はお辞儀をした。「「宜しくお願いします」」 72
2013-01-11 21:20:374人の声が揃う。全員が頭を上げるが、二本の矢はなおも挨拶を続けた。「ドーモ、ライジングアローです…ロボット、殺すべし!」起矢が再度お辞儀をする。「ドーモ、ライジングアロー=サン、ブレイブアローです。その首を家族への茨城土産にするが良いぞ」勇矢もお辞儀を返す。「コワイ!?」 73
2013-01-11 21:25:59早紀と直人及び部員の大半が、ルールブックに無いこのやり取りに怪訝な顔になる。だがコレを終えると二人は率先して自陣へと戻っていった。早紀達がそれに続く。「……では試合を開始します」湊がしゃがみ込みカウンターのスイッチに手をやる。そのふとももは豊満であった。「始め!」 74
2013-01-11 21:30:18ミストルティン編第四話「護られるべき笑顔~ノー・ティアー!ノー・ペイン!」 #1 「ブレイビート・チェイサー・2013」 終わり #2 「レッド・デストロイアー」に続く。
2013-01-11 22:00:29