『これからの時代を生き抜くためのジェンダー&セクシュアリティ論入門』 三橋順子×北丸雄二 特別対談 「LGBTQ+…これからの世代に伝えたいこと」第1回

ジェンダーとセクシュアリティは、性的マイノリティと呼ばれる人たちだけのもの? いえ、「性」と「生」は不可分であり、誰もが否応なく一生にわたって背負っていくものだと説くのは、Trans-womanであり、性社会文化史研究者の三橋順子さん。

だから「違いがあっていい」。三橋さんが2023年12月に上梓した『これからの時代を生き抜くためのジェンダー&セクシュアリティ論入門』には、そんなメッセージが込められています。

去る1月末、同書の刊行イベントが紀伊國屋書店 新宿本店で開催されました。ゲストは、ジャーナリストの北丸雄二さん。同時代、別々の場所でジェンダーとセクシュアリティにまつわるさまざまなことを見て、感じて、考えてきたふたりのトークを「コレカラ」にて特別公開いたします。

第1回目は、両氏に共通する“現場主義”のお話から。

【第1回】セクシュアルマイノリティの現場から

二人の共通項は“現場主義”

三橋:私が北丸さんとお話するようになったのは、ここ3、4年のことです。ある忘年会があって、キッチンで次から次へとお料理を作ってる人がいました。どれも美味しいから、てっきりプロのシェフを呼んだのかと思ったら……それが北丸さん。だから初対面のあいさつは、「ごちそうさまでした、美味しかったです」でしたね。

北丸:あのときは誰も手伝ってくれなくて、ひとりで60人分ぐらい作ったんですよ。

三橋:その前からお名前は存じ上げていたんですけどね。

北丸:僕は当時、三橋さんの活動や発信を追っかけていなかった。それは僕が1993年から日本にいなかったからなんだけど。

三橋:私が講演などをはじめたのが1996年ごろだから、すれ違いなんです。

北丸:この本の最終章、第7講は「日本初のトランスジェンダーの大学教員として」と題されているけど、僕はここを読んで自分と同じだなと思いました。現場しか、知らない。僕、学生のころは、本こそたくさん読んだけど大学にはろくに行かなかったし、アカデミアにいたことも一度もない。自分でものを見て、考えてきただけですよ。

僕は新聞社の特派員としてニューヨークにわたったんですが、9.11のアメリカ同時多発テロをはじめ、重大な事件がつづいた時期で、いろんな情報に接してはニュースをひとつひとつ書いていった。そのなかに、HIV/AIDSのことも入っていました。1990年代は、“エイズの時代”がまだ続いていたから。集めたデータを自分でクリッピングしておいた。

三橋:私も現場主義です。現場に立って、考えるのが本領。その点で北丸さんと共通性というか、似たものを感じていたんです。

この本には、自分で考えてきた言葉がある

北丸:この本は、いくつかの大学で実際に講義した内容が元になっているでしょ。でも僕、それよりさらに前の年代、高校生の必読書にしたほうがいいと思いました。ジェンダーとセクシュアリティについて実に体系だった構成だし、内容も過不足なく書かれている。ところどころ名言があるんですよ。

三橋:ありがとうございます。

北丸:たとえば、第2講に「性差と性差別について考えてみましょう」とあって、差別とは一体何なのかと投げかけている。まず性差やジェンダーギャップ、ジェンダーディファレンスというものがある。それにマイナスの価値をぶっかけて表現したものは、すべて差別なんだ、と三橋さんは書いた。これはほかのことでも言えて、「人種」にマイナスの価値をぶっかければ、それは人種差別。それから、第4講では“性他認”という概念を紹介している。“性自認”の話はよく出てくるけど、“性他認”もあるんだ、と。

三橋:“性他認”は他者によって与えられる性別認識のことですね。私が概念化しました。

北丸:どう見えているのか、ってことですよね。この本は、三橋さんが自分で考えた言葉、自分で編み出した言葉……つまり、現在のジェンダー学で三橋さんしか考えてこなかったものが表現されている。パイオニアがまとめたものです。もう一度言うけど、この本、ジェンダーとセクシュアリティについての基礎講座として、ぜひ高校にプロモートしていただきたい。

はるな愛と中学の学園祭へ

三橋:私、2000年代のはじめに、中学生の前で話をするという機会に恵まれたんです。いまでこそ、中学高校への出前授業はよく聞きますけど、当時はまったくなかった。しかも、公立中学校。

北丸:まだ誰もそんなこと考えていなかった時代ですもんね。

三橋:いわゆる総合教育の授業で、3年生の1クラスだけでやったのが、全校生徒に聞かせたいからと、生徒会が学園祭に呼んでくださった。でもまったく同じことやるのはつまんないからと、もうひとりゲストが招かれて……それがブレイク前の、はるな愛ちゃん。

北丸:中学校の学園祭で、三橋さんとはるな愛さん! もともと知り合いだったんですか?

三橋:はるなさんは、大阪のアイドル・ニューハーフでしたから、知っていましたけど、会うのははじめて。愛ちゃんへのギャラ、たしか5,000円、いまでは考えられないですよね。私は、ノーギャラ。そのときに、中学生にもわかるような話をしないと、って思ったんです。「トランスジェンダーが」と言ったって、絶対わかんないでしょ。

北丸:学者の人の話ってさ、面白くないですよね。大学、全然面白くなかったから行かなくなったの(笑)。

三橋:面白くないです(笑)。だから、私の講義は面白くない話はしません、って決めてました。もうひとつ、中学生が深刻に思い悩まないように、とも心がけました。「トランスジェンダーであるこの人を、どう扱ったらいいんだろう」と考えるのは悪いことではないけど、悩んじゃうとなるとちょっと違う。トランスジェンダーは世の中に普通にいるんだよ!と思ってくれればそれでいい、っていう話をしました。

北丸:当時は「トランスジェンダー」なんて言葉なかったですよね。「オカマ」しかなかった?

三橋:日本では「ニューハーフ」って言葉があったんですよ。

北丸:ああ、それではるな愛さん。中学校での講義、子どもたちの反応はどうでした?

三橋:面白がってくれていましたよ。私、着物をばっちり着ていったんです。その姿で最後に、「いま私がおトイレ行きたくなったと言ったら、みなさんはどちらに案内しますか?」と質問しました。昨今のトランスヘイトで必ず持ち出される、“トイレ問題”です。

北丸:いい質問ですね~。

三橋:9割ぐらいは「女子トイレ」っていう。面白いのが、そこで迎合しない生徒が1クラスに3、4人はいるんです。

北丸:付和雷同しない子どもね。

三橋:「どうして?」って聞くと、すごく悩む。むしろ見た目だけで「女子トイレに案内します」と言うのは楽なんです、考えなくていいから。それで9割はそっちになります。そんな授業を経験するなかで、どうやったら話が通じるかということを私は真剣に考えたし、それなりに通じるんだとも感じました。さっきの「性差+マイナスの価値づけ=性差別」も、元はそうした講義から出てきたものなんです。人間には違いがあって、それにマイナスを価値づけをすれば差別になる。「ユダヤ人だから劣っている」っていうマイナスの価値付けは人種差別で、まさにそれがアウシュビッツにつながる……という話ですね。

(構成◉三浦ゆえ)

本連載は毎週金曜日更新の全四回となります。

プロフィール

三橋順子(みつはし・じゅんこ)
1955 年、埼玉県生まれ、Trans-woman。性社会文化史研究者。明治大学文学部非常勤講師。専門はジェンダー&セクシュアリティの歴史研究、とりわけ、性別越境、買売春(「赤線」)など。著書に『女装と日本人』(講談社現代新書)、『新宿「性なる街」の歴史地理』(朝日選書)、『歴史の中の多様な「性」―日本とアジア 変幻するセクシュアリティ』(岩波書店)がある。

北丸雄二(きたまる・ゆうじ)
ジャーナリスト、作家。東京新聞ニューヨーク支局長を経て1996年に独立。在米25年の2018年に帰国。TBS、文化放送、J-WAVEなどのラジオ番組、「デモクラシータイムス」などのネット報道番組などでニュース解説も。毎週金曜に東京新聞で「本音のコラム」連載。近著『愛と差別と友情とLGBTQ+』(人々舎)で「紀伊國屋じんぶん大賞 2022」2位。

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