『これからの時代を生き抜くためのジェンダー&セクシュアリティ論入門』 三橋順子×北丸雄二 特別対談 「LGBTQ+…これからの世代に伝えたいこと」第4回

ジェンダーとセクシュアリティは、性的マイノリティと呼ばれる人たちだけのもの? いえ、「性」と「生」は不可分であり、誰もが否応なく一生にわたって背負っていくものだと説くのは、Trans-womanであり、性社会文化史研究者の三橋順子さん。

だから「違いがあっていい」。三橋さんが2023年12月に上梓した『これからの時代を生き抜くためのジェンダー&セクシュアリティ論入門』には、そんなメッセージが込められています。

去る1月末、同書の刊行イベントが紀伊國屋書店 新宿本店で開催されました。ゲストは、ジャーナリストの北丸雄二さん。同時代、別々の場所でジェンダーとセクシュアリティにまつわるさまざまなことを見て、感じて、考えてきたふたりのトークを「コレカラ」にて特別公開いたします。

最終回となる第4回目は、学生を驚かせた「胸が大きい女性=セクシー」というのは共同幻想に過ぎない、という話からはじまりました。

【第4回】いまの現象だけ見てもわからないことがある

日本文化でセクシーなものは、うなじ!?

三橋:大学の講義で、学生にとってインパクトが大きいのは、女性性の表象の話ですね。特に、バストが大きければ大きいほどセクシーというのは共同幻想です、っていうと男子学生は雷に打たれたようにショックを受けるし、女子学生も戸惑います。

北丸:この本の第3講に浮世絵の美人画が掲載されています。そこで女性のおっぱいが見えている。三橋さん、講義では学生に、これは一体何なんだって聞くんですよね?

三橋:乳首が見えてる絵で、名人級の絵師が書いているのに、乳房の描写がすごくぞんざい! 半円をふたつ描いて、ちょんちょんと点を打って乳首を表現しているだけ。

北丸:そこには価値観を置いていないということがわかる。

三橋:同じ絵師でも春画で男性器、女性器を描くときはこれでもかっていうぐらい技術を発揮してリアルどころか誇張して描きます。どこに視線を置くのか、何に価値を感じるかっていうのが、現代とはまったく違うんですね。この本でも、1980年代の末くらいまでは小さな乳房でもグラビアモデルをできたという女性のエピソードを紹介しました。

北丸:日本文化のなかでセクシーなものとして出てくるのが、うなじっていうのがじつに面白いです。

三橋:斜め後ろから描く美人画をはじめたのは喜多川歌麿ですけど、その角度からだと顔が描けない。だから鏡を持たせて、そこに映った顔を描く。そんな絵画技法、普通は思いつかないでしょう!? それもこれも、「うなじを見て!」と言ってるわけですね。
けれどセクシュアリティにも標準化、もしくは国際標準化が起きます。時期は意外に遅くて、1980年代ですかね。いまの学生さんには、「先生、生まれる前です」って言われちゃいますけど、私たちにとっては同時代です。電車の中でお母さんが、おっぱい出して授乳していたという話は男子も女子も「信じられない」「ありえない」という反応です。乳房への視線の変化は、そのくらい共同幻想的な、ある種の洗脳がいき渡っちゃっている。

HIV/AIDSは衝撃的かつ文化的な出来事だった

北丸:歴史をたどること、そのたどる作業で得られた蓄積としての、あるいは軌跡の結論としてのいろんな知識というものが、どんどん忘れられていきます。いま当たり前と思われているものが、何によって構築されてきたのか。構築主義という語が人口に膾炙(かいしゃ)するようになってまだ30年ほどですが、これは従来「そういうものだ」と当たり前に思っていたものが、実はいろんなものの影響を受け、意味を得て、いまここにこうして出来上がっているのだということです。それはメタな視線を持たなければ見えてこない。その視線で見ると、いろんなことが面白くなるし、それこそが歴史を学ぶ醍醐味でもあると思います。
たとえば80年代を振り返ると、日本ではHIV/AIDSがスキャンダルとして扱われてきた一方で、世界のゲイコミュニティにとって、HIV/AIDSはものすごく衝撃的かつ文化的な出来事でもありました。いろんなものが意味を変え、姿を変えた。その歴史的・社会的な転換現象が重要です。でも、いまの大学生高校生はHIV/AIDSについて「感染しないためには」という技術のみを教えられて、人類史に文化的インパクトを与えたものだとは「知りませんでした」と言う。それはとてももったいないことです。

三橋:感染予防はたしかに重要ですけどね。HIV/AIDSがどんな現象でどんな文化的変容をもたらしたかを、一般の学生はもちろん知らないし、おそらくゲイの活動家の人でも、若い人はあまり認識していないと思います。その時代のその現場をリアルに知ってる人は、もうご高齢で少なくなってますし。私が新宿で遊んでいたのは90年代半ばから後半だけど、日本においてのいわゆるAIDSショックの余波がまだかなり強い時期だったから、同時代感覚があるんですよね。「陰性」と書いてある診断書を見せて「俺、大丈夫だから」っていう男性もいたし……(笑)。こういうことはちゃんと伝えていかなければならないと思っています。やっとこの対談のテーマ「LGBTQ+…これからの世代に伝えたいこと」になりましたね!

LGBTはなぜ「L」から始まるのか

北丸:三橋さんは、女装の歴史を紐解いてきた。この本は三橋さんがいままで見てきたものの、ほんの一端ではあるんだけど、「いまの現象だけ見ていてもわからない」ことが書かれている。だから本当に知的なものとして読める……そこで、いちばん最初に言ったことに戻るけど、高校生の必読書にしてほしいんだよ。

三橋:ぜひ! でも愚痴なんですけどね、「LGBT」っていう言葉が入ってないと、新聞は取り上げてくれないし、高校の授業でのゲスト講師としてもまず声がかからない。

北丸:なんでタイトルにLGBTって入れなかったの?

三橋:そこが、私のこだわりなんです。口はばったいようですが、LGBTのことは最先端のレベルで書いているんですよ。でもね、書き方がウケない。

北丸:“三橋節”が出てるもん、わりと辛辣だよね。

三橋:はい、勉強しない活動家にはとても辛辣です。活動家の皆さんが、ジェンダーやセクシュアリティについて、私の受講生並みの認識があったら、ずいぶん状況は違ってくると思います。早い話、この本を読んでくれればいいのですけど、まず読まないでしょう(笑)。
この本にも収録した実話ですが、2016年ごろに朝日新聞の校閲部から「LGBTという言葉の歴史を教えてください」と問い合わせがありました。そんなの誰かがとっくにどこかに書いてるでしょうと無責任な返事をしたら、「ほんとにないのです」と言う。で、調べたら、ほんとにないんですよ。

北丸:LGBTも、最初期の順番で記すなら“GLBT”だったんですよね。ゲイが頭に置かれていた。でもレズビアンのほうが、女性であり性的マイノリティであり、といった具合に複合的な問題を象徴的に抱えている。じゃあレズビアンを最初に持ってこよう、と逆転した。

三橋:誰が考えてもマンパワー的にGが最大なのに、Lから始まる……どうしてなのかな? と疑問に思うべきなんでよ。でも「LGBT」という言葉が広まると、当たり前になっちゃう、自分たちのアイデンティティを表す言葉なんだから、もっと大切にちゃんと考えなさいよ。と思います。あっ、また活動家批判……(笑)。

北丸:それで「LGBT男性」とか平気で書いちゃう。

三橋:そのあたりもけっこう辛辣に書いてますね。日本のLGBT運動の問題点のひとつは、外国から入ってきたことを、良くいえばすごく素直に、悪くいえば何も考えずに受け入れたことです。だから一見、意識高そうだけど、根っこがない。

LGBTはセクシュアルマイノリティの連帯を表す言葉

北丸:三橋さんがこの本で書かれたとおり、LGBTはいわゆる連帯のための言葉。だから連帯は自分と関係ない、という人はそこに入らなくていい。
男性の同性愛も、もとはホモセクシュアリティと言われていて、病理学から出てきた。「ニューヨーク・タイムズ」が“ホモセクシュアル”ではなく“ゲイ”という呼称を正式に採用したのは1987年だけど、それは活動家たちが「同性愛は病気ではない」と訴えつづけただけでなく、自分たちが性的指向だけで呼ばれる存在ではなく社会的な人権問題として語られるべき存在だと訴えたからなんです。さっきも言ったように、「アイデンティティの政治」(共通のアイデンティティを基にともに社会的目標に向かって結束すること)だったんです。その経緯を知ってほしいんですよ。

三橋:あなたはゲイじゃないといってるのではなく、連帯する気がないゲイは“LGBT”ではありませんということですよね。古くは幕末からたくさんの外来語が入ってきて、使われていくうちに意味がずれていきましたけど、LGBTという語は、まさにその現代版なんです。

(構成◉三浦ゆえ)

プロフィール

三橋順子(みつはし・じゅんこ)
1955 年、埼玉県生まれ、Trans-woman。性社会文化史研究者。明治大学文学部非常勤講師。専門はジェンダー&セクシュアリティの歴史研究、とりわけ、性別越境、買売春(「赤線」)など。著書に『女装と日本人』(講談社現代新書)、『新宿「性なる街」の歴史地理』(朝日選書)、『歴史の中の多様な「性」―日本とアジア 変幻するセクシュアリティ』(岩波書店)がある。

北丸雄二(きたまる・ゆうじ)
ジャーナリスト、作家。東京新聞ニューヨーク支局長を経て1996年に独立。在米25年の2018年に帰国。TBS、文化放送、J-WAVEなどのラジオ番組、「デモクラシータイムス」などのネット報道番組などでニュース解説も。毎週金曜に東京新聞で「本音のコラム」連載。近著『愛と差別と友情とLGBTQ+』(人々舎)で「紀伊國屋じんぶん大賞 2022」2位。

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