事故物件の日本史【第14回】「ヒロシマへ行く」ということばを知っていますか?|大塚ひかり
第十四章 残しておきたい事故物件……事故物件は未来へのメッセージ 忌みことば「ヒロシマへ行く」の謎 忌みことばという概念をご存知だろうか。 「死」を「なおる」、「血」を「あせ」、「梨」を「ありの実」などというのがそれに当たる。 要は、不吉な意味を連想させるのを避けるため、別のことばに置き換えるわけだ。一日のうちで夜だけ、一年のうちで正月だけ使われることばもある(柳田國男監修『民俗学辞典』、『日本国語大辞典』)。 そんな忌みことばの一つに、江戸時代以前から、厳島<いつくしま>などの西日本の一部で ...
本屋さんの話をしよう【第16回】本屋をやるなら銭湯っていう手もあった│嶋 浩一郎
【第16回】本屋をやるなら銭湯っていう手もあった 『ゼロの焦点』を読むために、金沢の銭湯へ 本屋に通って立ち読みで本を一冊読み通したなんて笑い話が昔よくありました。まあ、今から思えば本屋さんにとってはかなり迷惑な話ですけど、じつは自分も同じような体験をしたことがあるんです。しかも、本屋じゃなくて、銭湯で。それも旅先の金沢で。 金沢市内を流れる浅野川の川沿いに花街のひとつ主計町(かずえまち)があるわけですが、おもしろい飲食店も集まっています。たとえば、お風呂屋さんをリノベーションしたジャズ喫茶とか、石川県中 ...
事故物件の日本史【第13回】「凶宅」の被害を受ける者、受けない者の違いとは|大塚ひかり
第十三章 凶宅はなぜできるのか? 人を蝕むモンスター物件とは 引っ越す時、家を買う時、前にどんな人が住んでいたのか、なぜその家を手放すことにしたのか、気になることはないだろうか。 結婚や転勤といった理由であれば安心だが、家族に立て続けに不幸があった等の理由だと、そこに不吉なものを感じて、「縁起でもない」という気持ちになったりする。 まして近隣トラブルがあったことが分かった場合には、自分も同じような目にあう可能性もあるし、殺傷事件などがあった日には、犯人が現場に戻って来る可能性もあることを思えば(松原タニシ ...
モヤモヤしながら生きてきた【第12回】言葉を紡ぐ|出田阿生
【第12回】言葉を紡ぐ 世の中は悪くなる一方なのかもしれない… 年末は、しんどいニュースが続いた。 ここ数年、大勢の女性が声を上げ、世の中が少し変わってきている気がしていた。 それなのに、また振り出しに戻った感覚に襲われた。 何をしても世の中は変わらないのかなと思うと、どうにも気力がわかない。いや、悪くなる一方なのかも。今もうつうつとして、キーボードを打つ手がつい止まってしまう。 まずは性暴力事件の裁判だ。 大阪地裁。部下の女性検事に性暴力を振るったとして起訴された大阪地検の元検事正が、無罪主張に転じたと ...
事故物件の日本史【第12回】日本各地に存在する皿屋敷伝説|大塚ひかり
第十二章 更地と皿屋敷 皿屋敷の謎 いちま~い、にま~い……と、女の幽霊が皿の数を数え、十枚目でしくしく泣くという怪談「皿屋敷」、小さいころ、テレビで見て怖かったものだ。 この「皿屋敷」の「さら」が「更地」の「さら」を意味するという説がある。 江戸後期の『嬉遊笑覧』(1830)には、 「もともと皿屋敷は家屋のない更地の屋敷という意味だったのが、これにこじつけて皿を割った女の怪談を作ったのであろう」(“本よりさらやしきは家居もなきさら地の屋敷と云しを、これに附会して皿を破りし女の怪談を設しなるべし”)(巻六 ...
モヤモヤしながら生きてきた【第11回】司法の世界にもはびこるジェンダーに対する歪んだ価値観|出田阿生
【第11回】司法の世界にもはびこるジェンダーに対する歪んだ価値観 涙と鼻水がダラダラ流れた、ある記者会見の動画 約1時間の動画に、打ちのめされた。 どうしてこんな陰惨なことが起きるんだろう。 視聴しながら、涙と鼻水がダラダラ流れた。 その動画は、上司から性的暴行を受けたと訴える女性の記者会見だった。 上司とは、元検事正の北川健太郎被告(65)。 かつて大阪地方検察庁のトップで「関西のエース」と言われた人物だ。 記者会見は10月下旬、元検事正の初公判が終わった直後に開かれた。 「わたしは現職の検事です」 気 ...
事故物件の日本史【第11回】凶宅のあとには何ができる?|大塚ひかり
第十一章 事故物件だらけの神社仏閣 不幸な死に方をした人を祀って神社に 前章で、富岡八幡宮の祭礼にまつわる永代橋の崩落事故について触れたが、富岡八幡宮と言えば、あの事件を思い出す人もいるのではないか。 2017年12月、前宮司が姉である宮司を日本刀で殺害したあげく、共犯の妻をも境内で殺したあと、自殺したという衝撃的な事件である。 年末年始のかき入れ時を直前に控えた大惨事……こんな事件のあった神社にお参りしたところで御利益は期待できないのでは? ということだろう、参拝客は激減した。しかし私は、それ以前から八 ...
事故物件の日本史【第9回】数多くの人骨が発見された場所に存在した、鎌倉時代からの因縁|大塚ひかり
第九章 連鎖する事故物件……曰く付きの土地という存在 尾張藩下屋敷 建設現場から大量の人骨が出土 新型コロナウイルスが世間を賑わせていたころ、国立感染症研究所という施設の名前を、テレビや新聞で見た人は少なくあるまい。 しかし、この施設が建っている土地が、一種、曰く付きということを知っているのは一部の人であろうと思う。 実は、1989年7月、この研究所の建設現場から、百体を越す人骨が発見されたのである。 そこが旧陸軍軍医学校跡地であったことから、「731部隊等の戦争犯罪に関係があるのではないかと住民や研究者 ...
モヤモヤしながら生きてきた【第9回】日本人女性の7割がその存在を知らない「中絶薬」|出田阿生
【第9回】日本人女性の7割がその存在を知らない「中絶薬」 生まれて初めて知った「中絶薬」という薬 わたしには2歳下の妹がいる。6年前にオランダに移住し、夫と子どもと暮らしている。 日本でもコロナが猛威を振るい始めた、2020年の初夏のこと。 「妊娠が分かったよ」 妹とスマホでビデオ通話していたら、うれしそうな表情で報告があった。 ただ、その後、診察で心拍が確認できず、初期の流産と判明した。 処置として、助産師や医師から提案されたのが「飲む中絶薬」だった。 生まれて初めて中絶薬について聞いた妹は、面食らった ...
事故物件の日本史【第8回】なぜ平賀源内は人を殺めてしまったのか?|大塚ひかり
第八章 平賀源内と凶宅 呪われた家に住んで殺人を犯した源内さん 前章で、不吉な凶宅にあえて住む人がいた、藤原兼家や平賀源内(1728~1799)のように……と書いた。 そうなのだ。エレキテルで有名な源内さんも凶宅に住んでいた。 しかも、ここで彼は人を殺している。 この事件が謎だらけで、「事件の実相については諸説紛々」(芳賀徹『平賀源内』)。 「ある大名(田沼意次か)の別荘の修理普請について、源内が町人某と争った」ものの、「和議協同することになり、源内宅で仲直りの酒宴」となった。町人某は泥酔して寝てしまい、 ...
普段着としての名著【第2回】キューバの思い出とオリエンタリズム|室越龍之介
【第2回】キューバの思い出とオリエンタリズム 「先住民はいません。絶滅してしまったから」 とキューバ人の友人は言った。 2012年、キューバに長期滞在していた僕は短期訪問の日本人旅行者を連れてキューバ共和国の首都ハバナの街を散策していた。この散策に日本語で観光ガイドをしていたキューバ人の友人がついてきてくれたときのことだ。 旅行者は「キューバ人は思っていた感じと違いますね」と呟いた。 「違うというのは?」と僕。 「思ったより白人が多い」 「だいたい25%がヨーロッパ系、25%がアフリカ系、50%が混血、と ...
本を「カタチ」にする人たち【第2回】「分解」の話を聞いてみよう|稲泉連
【第2回】「分解」の話を聞いてみよう 本を印刷する前の製版作業工程の中に、「分解」という仕事がある。私たちが目にする印刷物は基本的に、Cyan(シアン)、Magenta(マゼンタ)、Yellow(イエロー)、Key plate(墨)の頭文字をとった「CMYK」という4色で再現されている。印刷物をルーペで見るとよく分かるのだが、印刷における色や線は点の集合であり、カラー印刷であればこの4色の「点」の配分、そして、ときにはそれに「特色」を加えることによって、様々な色が表現されている。印刷の工程における「分解」 ...
事故物件の日本史【第7回】凶宅が「福」に転じる場合とは?|大塚ひかり
第七章 人を滅亡させる凶宅、人に福をもたらす凶宅 凶と福は紙一重 第五章(池袋の女)では、家に憑いて、その家を富ませる一方、いったん貧しくなり始めると、滅亡させるお崎狐という憑き物が信じられていたことについて触れた。 家の吉凶には、人間以外の何ものかが絡んでいるという考え方は古代中国にもあり、干宝<かんぽう>(四世紀半ばころ)による志怪小説集(志怪は怪を志<しる>すの意。奇談集)『捜神記』にはこんな話が語られている。以下、竹田晃による訳を引用すると、 「臨川(江西省)の陳臣は大金持 ...
モヤモヤしながら生きてきた【第8回】アフターピルの市販化を阻むものは何か?|出田阿生
【第8回】アフターピルの市販化を阻むものは何か? 生理が来ない。予定日をだいぶ過ぎたのに。今日は来るだろうか、明日は……。 トイレでしゃがむたび、心臓が縮みそうになる。 20代から30代にかけて、何度かそんな経験をした。 お先真っ暗な気持ちで悩むのは、もし本当に妊娠していたら人生が激変してしまうからだ。中絶したほうがいいのか。産むとしたら、結婚は、家族への説明はどうしよう。もし障害がある子が生まれたら……。こういうとき、男性は「じゃあ堕ろせば」などと簡単に言って、相手を絶望させる。女性が抱える悩みが通じな ...
普段着としての名著【第1回】僕がプレゼントした花束が潜在的なゴミだった理由と『贈与論』|室越龍之介
【第1回】僕がプレゼントした花束が潜在的なゴミだった理由と『贈与論』 「花は潜在的なゴミである」と僕のプレゼントを評されたことがある。 なぜこんなことを言われるに至ったか。 順を追って話そう。 僕は福岡に住む大学生だった。朝から晩まで授業を詰め込んでいたし、アルバイトも大学構内の雑用を引き受けていたので、ほとんど大学のあたりで生活が終始していた。大学まで徒歩5分の家で一人暮らしをしていたので、僕の家は友人たちの溜まり場となっていた。毎日のように友人たちと食事したり、酒を飲んだりしていたものの、人間関係に広 ...