ISBN: 9784560091500
発売⽇: 2025/02/02
サイズ: 19.4×2.5cm/256p
「陽だまりの昭和」 [著]川本三郎
何だかとても懐かしい。昭和を語ったらこの人の右に出るものはいない。それこそ今を去ること数十年前から、令和も平成もそして昭和はもちろん、セピア色に染まった風景を言葉にして語ってくれるのが、著者川本三郎である。
7章立てになっているが、構うことはない。陽だまりのぬくもりを楽しむように、どこから読み始め、どこへつないでもよい。こたつ、ミシン、小刀と鉛筆、映画館と喫茶店、鼻緒と風呂敷、銭湯に夜店、紙芝居、オルガン、お出かけとかき氷。名称をながめるだけで、その風景が次から次へと浮かんでくる。
そうそう、川本は得意の昔の映画やその制作者、そして役者の名前まで掘り起こし、昭和の陽だまりのシーンを次から次へと呼び覚ましていく。映画を通して昭和を形づくる細やかな道具立てに、目を奪われる。成瀬巳喜男監督をはじめとする何げない光景を映し出すベテランの「これが昭和だ」のマジックにも、おおっと驚く。
「私の昭和は何?」と問われたら、後先迷うことなく「ガリ版」と答えよう。学校に必ずあった簡易印刷機の謄写版のことだ。昭和30年代から40年代末まで、学校ではガリ切りがあたりまえ。学校通信、学級だより、クラブ活動記録、遠足のしおり、そして学級名簿……。いわゆるプリント類はすべてこれだ。小学校から高校まで、先生は時々「ごほうび」と称してガリ切りと印刷を生徒にさせてくれた。ちょっぴり大人になった気分がしたものだった。
だが舞台暗転。今、川本の描く陽だまりの風物詩を理解できるのは、ほんの一握りの人かもしれぬ。映画だって役者だって小説だってもう戻ってこない彼方(かなた)のことだ。知っていたからこその世界ではないか。それはとても寂しい。でもそこは、だからこそ様々な世代のイマジネーションの効く世界でもあろう。そう信じて、おーい昭和、元気でな!
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かわもと・さぶろう 1944年生まれ。評論家。『大正幻影』でサントリー学芸賞、『荷風と東京「断腸亭日乗」私註』で読売文学賞、『林芙美子の昭和』で毎日出版文化賞・桑原武夫学芸賞、『白秋望景』で伊藤整文学賞。