- 雨井湖音『僕たちの青春はちょっとだけ特別』(東京創元社)
- 土屋うさぎ『謎の香りはパン屋から』(宝島社)
- 貴戸湊太『その塾講師、正体不明』(ハルキ文庫)
ミステリーの中でも、基本的に殺人などの重い犯罪が起きない、日常的シチュエーションを背景とする謎の解明を描いたものは「日常の謎」と呼ばれている。今世紀に入ってからは、「日常の謎」と学園ミステリーを組み合わせた作品が増加した。昨今の「日常の謎」には、どのような作例があるだろうか。
雨井湖音(あまいこおと)の「東京創元社×カクヨム 学園ミステリ大賞」受賞作『僕たちの青春はちょっとだけ特別』は、軽度の知的障害を持つ生徒たちが通う明星高等支援学校が舞台である。ここに入学した青崎架月は、ある日、階段に色とりどりの紙ゴミがまき散らされていることに気づく。
架月は他人の心理を読むのが苦手で、何も悪いことをしていないつもりでもしばしば相手を怒らせてしまう。彼だけでなく、他の生徒も人に理解されにくい事情を抱えていて、時には誤解から衝突したりもするのだが、謎の解明を通して相互理解に至る展開が素晴らしい。彼らを見守る教師たちも含め、登場人物の描き方も繊細で温かい。「日常の謎」の歴史上、画期的な作品と言えるだろう。
土屋うさぎの『このミステリーがすごい!』大賞受賞作『謎の香りはパン屋から』の主人公・市倉小春は、漫画家を目指しつつパン屋でアルバイトをしている大学一年生だ。ある日、彼女は同じ店で働く親友からライブビューイングに誘われたが、行けなくなったと前日に告げられた。小春はそんな親友の言葉に違和感を覚える。
小春は鋭い観察眼の持ち主であり、身の回りの出来事から滲(にじ)む小さな違和感から、その背後の真実を推理してみせる。だが、そんな彼女自身も、自分の夢の前に立ちはだかる壁に悩んでいたのだ。伏線を回収してその壁の存在を浮かび上がらせると同時に読者に感動を与えるラストが鮮やかだ。
重犯罪が描かれないのが「日常の謎」の条件であるならば、貴戸湊太『その塾講師、正体不明』はその範疇(はんちゅう)にないことになる。作中では、連続通り魔事件という凶悪犯罪が起こっているからだ。個別指導塾・一番星学院桜台校に通う森本梨央と沖野龍也は、最近様子のおかしい同級生を心配するうちに、講師の不破勇吾がその原因なのではと考える。
梨央は自分たちの活動を「バンボシ探偵団」と自称するが、まだ中学生なので、梨央も龍也も思い込みで突っ走る面があって危なっかしいことこの上ない。そんな彼らに疑われた不破こそがこの連作の名探偵であり、第一話と第二話では教育問題が絡む「日常の謎」、第三話では通り魔事件に挑む。三つの謎を通して生徒たちのみならず、前職に未練を残していた不破もまた塾講師として成長する物語になっている点が爽快である。=朝日新聞2025年02月26日掲載