ISBN: 9784152104106
発売⽇: 2025/01/23
サイズ: 13.1×18.8cm/240p
「ザ・ルーム・ネクスト・ドア」 [著]シーグリッド・ヌーネス
古くからの友人が癌(がん)の治療を受けていると聞き、遠くの街まで見舞いに行ったところ、頼みごとを持ちかけられる。安楽死の薬を手に入れたから、その時が来るまで、そばにいてほしい。
筋立ては以上、ごくシンプルだ。友人が死に怯(おび)え泣き喚(わめ)くような、ドラマチックな展開もない。ただ穏やかにその時を迎えられるよう、準備が進められていく。
友人には一人娘がいて折り合いは悪いが、死を前にして、娘と仲直りしようだなんて考えない。そういう人なのだ。人生において、やれることはやったタイプ。選択に迷いはなく、安楽死の是非をめぐる議論もない。その代わり、本書は思索に満ち満ちている。
語り手の「わたし」は作家。この依頼に狼狽(ろうばい)することはないが、友人が向き合う〝死〟に触発される形で、あらゆることに思いを巡らせていく。饒舌(じょうぜつ)に語られるのは、彼女を通り過ぎていった人々の残した体験談や、読んできた言葉たちだ。
元恋人の大学教授の悲観的な持論(「もうすべて終わりなのです」)は、全体を暗く覆う。老齢の隣人を襲う詐欺電話。知人から聞いた、女性が若さを失うことの宿命的な苦しみ。年老いた男性の性欲についての醜悪なエピソード。それらと同等に、オーストリアの作家インゲボルク・バッハマンによる男女の考察や、イギリスの画家ドーラ・キャリントンをめぐる奇妙かつ苛烈(かれつ)な恋愛模様などが縷縷(るる)、語られる。
原題『あなたはどんな思いをしているの?』は、哲学者シモーヌ・ヴェイユの言葉から。語り手は「悲しい話」を吸い取り、苦しみにその耳を傾ける。保護猫まで、彼女に過去を打ち明けていく。
なんと自由な小説作法。内省や問いは思いつくまま脇道に逸(そ)れ、時にエッセイのように綴(つづ)られる。死を起点にした、その豊かさ。評価の高い映画版はストーリーのみを見事に抽出していたが、端折られた部分こそ、真の読みどころだった。
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Sigrid Nunez 1951年、米ニューヨーク生まれ。2018年刊行の小説『友だち』で全米図書賞。本作が24年に映画化。