いわゆる“AGIリスク”に対応する法令なし
どこまで罰則規定を定めていくのかということには、若干の紆余曲折があったようです。自民党のAIプロジェクトチームは、2024年2月に「責任あるAI推進基本法(仮)の骨子」をまとめています。AIの推進色が強い内容であることは間違いないのですが、“特定AI基盤モデル開発者を規定し、体制整備と報告する義務を課す”という内容が含まれていました。これは、OpenAIなどの基盤AIモデルを開発する事業者などに一定の報告義務を課し、大きなトラブル(インシデント)が起きた場合には、報告徴求や立入検査をでき、課徴金・刑罰を科すことを認めるという内容でした。
これらの提案を受けて、岸田内閣は、8月にAI戦略会議と併設する形で「AI制度研究会」を設置し、本格的な議論が開始されました。岸田総理は、4点を基本原則として述べています。
“1つ目は、リスク対応とイノベーション促進の両立です。ガイドラインをベースとしつつ、リスクの大きさに応じて対策を講じ、AIの安全性を確保する必要があります。2点目は、技術・ビジネスの変化の速さに対応できる柔軟な制度の設計です。3点目は、国際的な相互運用性、国際的な指針への準拠です。4点目は、政府によるAIの適正な調達と利用です。政府の取組は、他への波及効果も大きいので、しっかりと検討を進めていきたいと思っています” (「AI戦略会議(第11回)・AI制度研究会(第1回)合同会議 議事要旨」P.10-11)
AI制度研究会の議事要旨では、「有事の際には実効性のある対応を取れるよう、海外事業者に対しても適切なモニタリングが行えるような法的規定の要否・程度について、多様な意見を集約して方向性を決めていくことが重要」との発言があります。議事要旨は発言者の名前は削除されているので、誰の発言であったのかを特定は難しいのですが、構成員のみでの議論の冒頭の発言であるため、政府の意向が強い発言であると推測できます。
ただ、この後、自民党の総裁選や石破内閣の誕生など、政治的な空白期間が生まれたために、AI戦略会議は実施されておらず、政府内での議論が深まっている様子は感じられませんでした。通常国会に提出する法案は、11月末には、まとめる必要があるという暗黙の了解があるため、AI法案の通常国会への提出が間に合わないとする報道も流れていました。しかし、政府は取りまとめに動き、12月にAI戦略会議は開催され「中間取りまとめ案」の最初のバージョンが発表され、政府は1月の通常国会に提出を目指していることが明確になりました。そして、出てきた法案では、「指導・助言・情報の提供その他の必要な措置を講ずる」と言及するにとどまり、規制的な文面は盛り込まれなかったという経緯です。
筆者は、争点となっていた基盤AI事業者などのリスク管理のための規制や罰則といったものが入らなかった背景には、法制度の検討に時間が足りなかったためではないかと推測しています。そのために、理念法に近いものとしてまとめ、詳細については、今後の政令等で規定するという形にせざる得なかったのだろうと。
中間取りまとめでも、AIのリスクとして「AGI(人間のような知性を持ったAI)が制御不能になる懸念」が上げられており、その対応する法令がないことが上げられています。このAI法がその部分に対応するとも言えるのですが、法令としては罰則等の規定がないために、今後、どの程度の実効性が担保できるのかは不明な部分です。
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