長年法整備が議論されてきた選択的夫婦別姓だが、2024年衆院選の結果、ようやく実現に向けて動き出すことが期待されている。
しかし、旧姓利用の拡大を主張する政治家も存在するため、着地点は見通しにくい。
「旧姓利用の拡大」という言葉はあいまいで、次の三つの解釈ができる。
1. 民間人が(勝手に)旧姓利用を拡大し、民間企業・民間団体が各自判断して対応する。
2. 名前制度は現行のまま維持する。民間人が(勝手に)旧姓利用を拡大し、役所・民間企業・民間団体には対応を義務づける。
1は何もしないのと同義であって、現状の問題を一切改善しない。2も効果が国内に限定され、また対応を義務づけられた用途以外では利用できない可能性が高い。
そのため、3の旧姓の公的登録・利用・証明制度のみが選択的夫婦別姓の対案となる。
実際には旧姓の公的登録・利用・証明制度は選択的夫婦別姓と並立可能なため二者択一ではない。
しかし、選択的夫婦別姓を導入しない前提で主張していると思われるケースが見受けられるため、ここでは両者を比較しつつ考察することとする。
i. 現時点での筆者の考え
vi. まとめ
選択的夫婦別姓の代替策として不十分な議論で導入するようなものではない。
選択的夫婦別姓の実現後も旧姓の公的利用制度を求める声が大きければ、(過去に選択的夫婦別姓についてそうしたように)法制審議会に諮問すべき。
理由は以下で論じていく。
旧姓の公的登録・利用・証明制度(以下、旧姓の公的利用制度)が実現した場合、制度利用者の旧姓名は公的なものとなる。
旧姓を公認することで不便が改善され、旧姓利用の拡大を後押しできるというのが建前ということになる。
ここから本題だが、旧姓の公的利用制度の波及範囲を一部の政治家は過小評価しているように見える。
旧姓名を公的なものとした場合、潜在的には名前に関するあらゆる法律に波及する。
たとえば、個人情報保護法では個人情報の定義に氏名、生年月日などが挙げられているが、条文か解釈を変える必要があると思われる。
「氏名」というワードが登場する法令は十や百ではきかないので、その波及範囲はかなり大きくなるだろう。
一方、選択的夫婦別姓で別姓結婚した場合では両者の戸籍名が変わらず、名前に関するあらゆる法律に波及することはない。
現状の強制的夫婦同姓においても片方は戸籍名が変わらない。別姓の場合には同姓の場合の戸籍名が変わらない側と同じように対応することができる。
一部の政治家は旧姓の公的利用制度を選択的夫婦別姓よりマイルドな方策と宣伝している。
それはおそらくただの思い込みに過ぎない。
実際は旧姓の公的利用制度の方がより急進的で、大掛かりな制度変更となる。
日本の近代以降の名前制度において、「氏名とは戸籍名であり、戸籍名は一つ」である。
選択的夫婦別姓はこの原則を保つが、旧姓の公的利用制度はこれを覆す。
登録可能な旧姓を過去の姓のうちの一つ(出生時/直前のもの)に限るとしても、公的な名前を二つ持つ人が出現することになる。
そういう制度になったらなったで対応すればいいとはいえ、どのような対応になるだろうか。
いうまでもなく、戸籍名を扱うとした業務が多く残るなら制度の効果が(選択的夫婦別姓と比べて)不完全となってしまう。
この節では、旧姓の公的利用への対応を義務づける規制について検討する。
また、旧姓の公的利用制度の利用者による「戸籍名利用」を制限するかどうかも議論が必要かもしれない。
個人的には戸籍名利用を制限するのには違和感があるが、制限なしの場合は「戸籍名/登録した旧姓名のみ/旧姓併記」の三種類のパスポートが発行できることになる。
選択的夫婦別姓が実現したとして、基本的には別姓結婚する人以外に影響しない。
夫婦同姓を希望するカップルの結婚は従来通りで、また結婚時以外も生活上の変化はない。
一方で、あまり触れられていないが、旧姓の公的利用制度が実現した際は利用者以外にも影響や負担が及ぶ可能性がある。(制度設計次第だが。)
たとえば、パスポートや免許証単独では氏名確認が行えなくなることが想定される。
登録した旧姓名のみが書かれた身分証が発行されるので、身分証に書かれた名前が氏名(戸籍名)かどうか分からなくなるからである。
名前を扱う業務の整理の結果、「戸籍名または登録した旧姓名」ではなく戸籍名を扱うとした業務では確認方法を変えないといけない。
これは旧姓を公的利用する人に限らない。具体的な方法としては身分証と戸籍抄本などの書類を併用する形になるだろう。
「戸籍名または登録した旧姓名」ではなく戸籍名を扱う領域が例外的になるまでは負担が継続する。
(強力かつ広範な規制をエイヤでやればいいのかもしれないが、選択的夫婦別姓なら規制自体がいらない。)
旧姓の公的利用制度が創設された場合、次のようなことが起こると考えられる。
誤解がないよう書き添えると、筆者は旧姓の公的利用制度に否定的なわけではない。
これをもって選択的夫婦別姓を導入しないための代替策とするのは望ましくないと考えている。
選択的夫婦別姓という専門家による議論が熟した優れた案があるのだから、優先的に実現させたほうがよい。
冒頭でも触れたように、旧姓の公的利用制度は選択的夫婦別姓と並立可能である。
この制度のメリットについて筆者は分からないが、選択的夫婦別姓の実現後も求める声が大きければ、導入を検討するのが望ましいだろう。
選択的夫婦別姓を妨害するためではなく、旧姓を公的利用したいと望んでいる人から聞き取りする必要があると思う。