• NECの生体認証技術

    NECの生体認証技術

NECが社会価値創造型企業へと進化するなかで、重要なテクノロジーのひとつに位置づけているのが生体認証技術だ。

ルーツは1968年、郵便番号制度からはじまった世界に誇る生体認証技術

NECの生体認証技術は、同社が得意とする顔認証だけでなく、虹彩、指紋・掌紋、指静脈、耳音響、声と幅広く、これを「Bio-Idiom(バイオイディオム)」のブランドで展開。米国立標準技術研究所(NIST)が毎年実施しているベンチマークでは、NECの指紋認証、顔認証、虹彩認証技術が、世界ナンバーワンの精度を持つと認定されている。

  • 「Bio-Idiom(バイオイディオム)」のブランドで展開

たとえば、コロナ禍で増加したマスクの着用時でも99.9%以上の認識精度を実現するとともに、移動している人が認証できるように、1秒間に数10億人以上を検索するなど、認証時の処理スピードを最大20倍にまで高速化。声認証では、特定のフレーズを使うことなく、5秒の発話で人を識別することができ、指紋認証では、わずか20μmの指紋の幅まで認識する精度を活用できるため、ケニアでは、生後2時間の新生児や、乳幼児の本人確認を行い、身分証明に使用するといったことが可能になっている。

さらに、顔認証と虹彩の技術を組み合わせることで、100億人を見分けることができるマルチモーダル生体認証を開発。地球の全人口70億人を超える人の数を見分けることができる技術ともいえ、金融や医療などの高信頼が求められる領域にも貢献できるとしている。

NECの生体認証技術のルーツは、1968年7月に日本で導入された郵便番号制度にたどり着く。

  • 実は50年以上の歴史を持つNECの生体認証への取り組み

郵政省(現総務省)が、郵便配達の効率化を目指して導入した郵便番号制度の効果を最大化するために、仕分け作業において、手書きの数字を機械で読み取る技術が求められた。NECでは、人それぞれに癖がある手書きの文字の構造を、線や端点などの特徴量として捉えて比較し、文字を判定する技術を開発。これをもとに開発した郵便番号自動読取区分機「NAS-5B」は、郵便番号制度のスタートに伴って郵政省に採用された。

特徴量を抽出して比較して同定する技術は、様々な分野への応用が期待され、そのひとつが、指紋の照合への適用であった。NECでは、1971年から研究に着手し、10年の歳月を経て、1982年に最初の実用機を警察庁に納入したほか、1984年に米国サンフランシスコ市警察にも納入。海外の多くの警察および司法機関で利用されるようになり、世界で3分の1のシェアを獲得する製品へと成長し、犯罪捜査の分野で大きな貢献を果たしている。

なお、2018年にロサンゼルス郡保安局で稼働したマルチモーダル生体認証システムを活用し、事件現場で採取した遺留指紋を、逮捕歴がある犯罪者指紋と照合した結果、稼働後最初の1週間で、2件の迷宮入り殺人事件を含む107件の未解決事件の被疑者逮捕や、事件解決に寄与し得る指紋の一致があったという。

シーズ先行で開発強行? 時代の激変がニーズを生んだ顔認証技術

NECが指紋認証の次に取り組んだ新たな領域が、人の顔を認識してデータと比較し、その人物が本人であるかどうかを照合する顔認証技術の開発である。研究そのものは、1989年に財団法人保安電子通信技術協会(現在の一般財団法人保安通信協会)から委託研究を請け負い、早くから始まっていたが、探索的で小規模な研究に留まっていた。

  • 東京オリンピック/パラリンピック(東京2020)に導入されたNECの顔認証システム

NECが最初に取り組んだのは、顔を正面から撮影した二次元での顔認証であった。

本来ならば、三次元とすることで、動画でも顔認証が可能になり、横からの判別や、人の移動まで把握することができ、応用範囲が広がるメリットを想定したものの、当時のコンピュータ処理能力の限界や、事前に三次元で顔を計測しておく必要があるため、なかなか成果が得られず、まずは二次元にターゲットを絞り込んだ。

すでに海外では、顔認証の領域で先行する企業が複数存在しており、製品化して市場へ参入するにはライバルを凌駕する技術を開発する必要があった。NECの中央研究所のチームは、これまで蓄積した技術を生かし、2年で他社の技術を超えるという目標を掲げ、研究を本格化させた。

ここでは、「二次元の画像からどの部分が顔かを判別して切り出す」技術と、「切り出した顔から、両目の間隔や鼻との位置のような数値に置き換えて認証の核となる特徴量を抽出する」技術の2つを組み合わせることで、画像の人物が事前に登録されている人物と同一かを自動的に判定できる仕組みを目指した。

だが、確実に特徴量を抽出するのは簡単ではない。性別や人種、髪形、化粧、眼鏡、光の当たり方、表情、成長や老化といった経年変化などによって特徴量が変動するためだ。それらによって認証精度が落ちるようでは、実用には耐えられない。精度を上げるには、試作したシステムに多種多様な顔を読み込ませて認証精度を調べ、さらに改良を加えていく必要があり、そのためには、大量の顔写真が必要となった。

研究チームは、NECの社員の顔写真を収集するところから作業をはじめたが、世界で通用するシステムを構築するにはデータ量が不足していた。そこで、多種多様な老若男女の顔データを収集するため、人材派遣会社にも依頼した。その際には、経年変化にも対応できるように、若いときの写真も収集。また、外国人が多く所属しているモデル事務所にも依頼し、顔データを提供してもらい、肌の色や瞳の色などが違っても認証精度が落ちないように改善を加えていったという。

NECの研究所でも写真撮影を実施。年代別に10人ずつ指定し、設置した簡易スタジオで撮影したが、普段見かけないような人たちが研究所の入口に並ぶため、「一体何をやっているんだ」と、他のスタッフから怪しまれたり、赤ちゃんを連れてきた女性の撮影中には、研究者が外であやしたりといったこともあったという。

ただ、顔認証技術は、具体的な製品イメージができておらず、「何かに使えるだろう」というシーズ先行型で研究が進められていた。そのため、経営陣からの理解を得にくく、研究の成果や将来について幹部から厳しい言葉が出ることもあったという。

そうしたなか、ひとつの事件が起きた。2001年9月11日に発生した米国同時多発テロである。事件発生後、安全・安心な社会生活を実現するために必要なパブリックセーフティを重視する考え方が定着。犯罪を事前に防ぐことを目的に、生体認証を活用する動きが広がり、出入国審査や国民ID、運転免許証などの本人確認システムに有効な手段として注目が集まったのだ。

NECは、顔認証技術の研究成果をもとに、2002年に、顔認証システム「NeoFace」を発売した。当初は、正面からの顔のみを認証できる仕様だったが、パスポートの写真は必ず正面を向いたものであるため、出入国審査で利用するには十分であり、NECは出入国審査を最初の市場として定めて、NeoFaceの採用を目指した。

2004年に、NeoFaceが海外の出入国管理システムに初めて採用された。実際に運用を開始すると、偽造パスポートなどを使った不法入国を大量に発見するという成果を上げたという。

世界と技術で真っ向勝負、いまやNECと日本を代表する技術へ育つ

この成果をきっかけに、NeoFaceは、徐々に別の分野へも用途を広げた。2007年には、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンで採用され、国内初の導入事例として話題を集めた。年間パスの購入者が、認証用モニタ画面に顔を向けると約1秒で認証が完了し、スムーズに入場できるだけでなく、年間パスの不正入手による悪用防止にもつながった。

さらに、インドでは、顔認証のほか、指紋認証、虹彩認証の技術を組み合わせた高精度なマルチモーダル認証によって、13億人の生体認証情報を登録。固有IDを介在させない大規模生体認証システムを完成させ、食糧の需給や職業の斡旋、納税といった場面において、二重登録やなりすましを防止するとともに、手続きの簡素化を実現したという。国民一人ひとりに対する公平な公共サービスや金融サービスの提供を支えている。

NECの研究チームは、海外現地法人から、NeoFaceと他社システムとの性能の違いを、第三者の客観的な評価によって示すべきとの強い要求を受けた。検討のために、各社の製品を比較しているユーザーに、誰の目にも明らかな優位性の根拠を示す必要があるというのがその理由だ。

そこで、世界の主要ベンダーが参加している米国国立標準技術研究所(NIST)のベンダー評価プロジェクトに参加することを決めた。ベンダーがすべて実名で公開されるため、敗れたときのダメージは大きいが、あえてここに参加することを選択したのだ。

このとき、NECは、確実にライバルに勝つために技術的な方針転換を行った。それは、データの比較方法を、モデルベースから学習ベースへと切り替えることだった。

従来のモデルベースでは、似ていると判断するルールを人間が考え、プログラムに組み込んでいたが、学習ベースでは、判定のためのルールをAIが生成することになる。

この方針転換によって、判定の精度は一気に向上した。2009年にNISTが実施した「ベンダー 評価プロジェクト・静止顔画像部門」では、2位以下を大きく引き離し、世界1位の認証技術を有するとの評価を獲得した。

NECは何度も、ナンバーワンの座を獲得。2024年2月には、NISTによるベンチマークの結果で、改めて世界1位を獲得したと発表した。ここでは、1200万人分の静止画を用いた「1:N認証」において、認証エラー率が0.12%という性能を発揮。撮影後10年以上経過した画像を用いた経年変化のテストを含む3つのテストで1位を獲得した。

  • NECの生体認証技術の評価

現在、顔認証技術は、様々な分野で応用されている。

例えば、人気アイドルグループのコンサートの入場システムに採用され、チケットの高額転売対策に活用されたほか、東日本大震災で津波に流されたアルバムを回収し、持ち主に戻すためのプロジェクトで、写真の顔をデータ化し、アルバムを探しに来た人の顔と照合することで、早く確実に持ち主の元へアルバムを届けることにも貢献したという。

さらに、顔認証技術を、がんの画像診断にも応用し、画像診断を行うことで、熟練の医師と同等以上の精度でがんの病巣を検出したり、工業分野では、個々の製品の表面に現れる微細な特徴である物体指紋を識別し、個体ごとのトレーサビリティーにつなげたりといったことも行っている。

そして、世界各国の80以上の空港でも、NECの顔認証技術は導入されている。

  • 個人IDと生体認証の連携で様々な機能を実現するNECの「Digital ID」。例えばNEC本社では、顔認証で入退し、顔認証で自分の荷物を取り出してオフィスワークを開始。社内の売店では顔認証決済で買い物ができる。オフィスの日常を生体認証がサポートしている

顔認証をはじめとするNECの生体認証「Bio-IDiom」は、2022年までに世界約70の国と地域に、1000システム以上が導入されており、まさに、社会価値創造型企業を目指すNECの象徴的な取り組みのひとつとなっている。世界の安全、安心を支えるとともに、効率、公平な社会の実現においても貢献する技術のひとつとして、世界中から高く評価されている。