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ホンダ NC750X Dual Clutch Transmission……106万9200円(2025年2月10日発売)
2025年型は主にフロントカウルのデザインを変更するとともに、スクリーンおよび外装の一部にバイオエンジニアリングプラスチック“DURABIO”を新採用。前後ホイールも新設計となり、車両価格はMT、DCTとも7万9200円アップした。
NCシリーズのプラットフォーム展開を振り返ろう
「ニューミッドコンセプト」シリーズの第1弾として、プラットフォームを共有する3機種(NC700X、NC700S、インテグラ)が発売されたのは2012年のことだ。270度位相クランクや1軸1次バランサーを採用する670cc水冷パラツインは、常用回転域での力強いトルク特性と低燃費を追求して開発された。注目を集めたのは車両価格で、最も安いネイキッドのNC700Sに至っては、250ccスクーターのフォルツァZを下回る59万8500円(ABSなし)で発売された。加えて、NC700SとNC700Xは容量21Lのラゲッジボックスを備えるという利便性の高さもあり、ホンダが予想していた以上の大ヒットシリーズとなった。
発売からわずか2年後の2014年には、排気量を745ccに引き上げるとともに1次バランサーを2軸化するなどフルモデルチェンジ。同時に共通プラットフォームでのバリエーション展開をさらに推し進めていく。これまでに合計で9モデル(タイプ違いは1モデルとしてカウント)が世に送り出され、2021年の時点でシリーズの累計生産台数は15万台を超えているという。
筆者はNCシリーズが750になったタイミング、つまり2014年にNC750SのMT仕様を購入した。あえて自動変速機構のDCT(デュアル・クラッチ・トランスミッション)を選ばなかったのは、当時の変速プログラムが自分の肌に合わなかったからだ。理由は二つあって、一つは街中を流していると、常にスナッチするかしないかの極低回転域になってしまうこと。そしてもう一つは、コーナー進入のタイミングで勝手にシフトアップし、エンブレが抜けたことが何度かあったからだ。もちろん、シチュエーションごとにATモードの設定を変えるなり、MTモードを選択するなりすればいいのだが、ただでさえ重い車重が10kgも増えることもあって、MT仕様を選ぶことに迷いはなかった。
評判どおりこの水冷パラツインの燃費は非常に良く、筆者のNC750Sはめったにリッター30kmを下回ることはなかった。ただし、燃料タンク容量が14Lとやや少なめなので、北海道なら300kmを走り切る前にガソリンスタンドを探しておかないと心情的に不安だった。
加えて、唯一にして最大のネックは、タンデムシートの下に給油口が存在することだ。キャンプツーリングの場合、重いシートバッグを下ろす、もしくは前方へ倒さないとタンデムシートが開けられないので、特に荒天時や猛暑日は苦痛なことこの上ない。なお、この問題は最新のNC750Xにも当てはまるので、キャンプツーリングを視野に購入を考えている方は、これを踏まえて検討されることを強くお勧めする。
ライダーの心情にDCTの変速プログラムが寄り添う
前置きが長くなってしまった。そろそろ本題に入ろう。まずはエンジンから。φ77.0×80.0mmというロングストローク設定の水冷4ストローク並列2気筒は、745ccから最高出力58psを発生する。同じ270度位相クランクのパラツインを搭載するヤマハのMT-07は、688ccから73psを発揮するので、パワーだけを比べるとだいぶ控えめな印象となろう。DCTについては、今回試乗した2025年モデルは油圧制御がアップデートされており、スロットルレスポンスや変速がよりスムーズになったという。
エンジンを始動し、ハンドル右側のN-D/Mスイッチを左側へ押すと、コクッというかすかな機械音とともにギヤがニュートラルから1速に入る。ライディングモードは常にスタンダードから始まり、ハンドル左側にあるモードボタンを押すたびにスポーツ、レイン、ユーザー1、ユーザー2と切り替わる仕組みだ。
スタンダードモードでの各値は、P値(エンジン出力レベル)、T値(トラクションコントロールレベル)、EB値(エンジンブレーキレベル)がいずれも3段階中の2番目となる。加えてDCTの変速プログラムは4段階中の下から2番目で、この数値が増えるほどより高いエンジン回転数を使用するという設定だ。
スロットルを徐々に開けると、エンジン回転数の上昇とともにクラッチが滑らかにミートし、スルスルと車体が動き始める。そして車速が20km/h、およそ2500rpmを過ぎるころには2速に、そして30km/h付近で3速へと自動的にシフトアップする。実際には、メーターのギヤポジションインジケーターを見て「もう3速?」と気付くレベルのスムーズさであり、これは減速時のシフトダウンも同様だ。ヤマハがY-AMTという自動変速機構をMT-09やMT-07に採用してきたが、こと変速ショックの少なさではDCTの圧勝であり、ホンダのシフトチェンジはまるでささやいているかのように静かだ。
筆者がNC750Sを購入した11年前と比較すると、DCTの変速プログラムとスロットルレスポンスはだいぶ進化していた。過去のプレスリリースによると、2016年にDCTの制御を熟成したのをはじめ、2018年にはトラクションコントロール(HSTC)を追加。2021年に電子制御スロットルを採用するとともに、DCTの1~4速をローレシオ化。そして今年はDCTの油圧制御に手を加えている。こうして絶え間なく熟成が行われた結果、街中からワインディングロードまで、ほぼすべてのシチュエーションで違和感がなくなった。
スタンダードモードからスポーツモードへ切り替えると、NC750Xは豹変と言ってもいいほどに性格が変わる。低回転域から明らかに力強くなり、スロットルを大きく開けると6000rpm付近まで引っ張ってからシフトアップするようになる。226kgという重めの車重に対して最高出力は58psしかないので、突進と表現するほどパワフルではない。しかし、ワインディングロードを常識的な速度域で楽しむには十分以上の力量であり、タンデムでも非力に感じることはないだろう。270度位相クランクによる味わいこそ希薄だが、DCTによるイージーライドのメリットは、距離を伸ばすほどに疲労感の少なさとして実感できるはずだ。
フロントブレーキのダブルディスク化は大きな進化の一つ
ハンドリングは、やや特殊というか特徴的と言えるかもしれない。起き上がり小法師のように車体が直立しようという働きが強く、フロントホイールが先行して内側を向きたがるからだ。最初はタイヤの内圧不足を疑ったが、前後ともメーカーの指定どおりだった。ここでふと過去の記憶が蘇る。そう言えば自分のNC750Sもそうだったなと。切れ込むと表現するほどではないが、峠道では上半身を早めに内側へ入れると気持ち良くコーナーを旋回できた。また、このハンドリングには街中で車体をあまり倒さずに曲がれるというメリットもある。
2016年モデルでフロントフォークがSDBV(ショーワ・デュアル・ベンディング・バルブ)に、リンク式のリヤサスペンションはプリロード調整付きとなり、最新モデルもそれらを踏襲している。プラットフォームを共有するX-ADVほど上質な動きではないが、それでも乗り心地は良好と言えるレベルにある。
2025年モデルで感心した進化は二つある。一つはフロントブレーキだ。一人乗りで空荷なら従来のシングルディスクでも十分だが、筆者が乗っていたNC750Sは、キャンプツーリングで荷物を40kg近く積載し、峠道の下りをいい感じのペースで走ると明らかに力不足だった。ダブルディスクとなった新型は、コントロール性の良さはそのままに、高い速度域から急減速した際にも余裕が感じられるので、このアップデートは大いに歓迎したい。
そしてもう一つは、Honda RoadSync(ホンダ・ロードシンク)の採用だ。これはスマホおよびインカムとの接続機能であり、届いたLINEの内容を読み上げてくれる上に、「私は運転中です。」というレスを送ることも可能だ。また、今回はナビ表示も試してみたところ、曲がる方向とそこまでの距離を表示するターン・バイ・ターン方式ではあるが、特に問題なく目的地にたどり着くことができた。
2014年のNC750X DCT〈ABS〉が81万4800円だったので、この11年で31%も値上がりしたことになる。だが、便利なことこの上ないラゲッジボックスをはじめ、防風効果に優れるカウリング&スクリーン、グリップヒーター&ETC2.0車載器の標準装備などを考慮すると、コストパフォーマンスの高さは未だ健在と言える。先ほど触れた給油口の位置と、226kgという車重を許容できる人なら、このバイクは良き相棒となるだろう。