なぜ日本は停滞からなかなか抜け出せないのか? その背景には、日本社会を支配する「暗黙のルール」があったーー。
社会学者・小熊英二さんが、硬直化した日本社会の原因を鋭く分析します。
※本記事は小熊英二『日本社会のしくみ』(講談社現代新書、2019年)から抜粋・編集したものです。
日本の格差とアメリカの格差の違い
ヨーロッパやアメリカ、あるいはその他の社会にも格差がある。ただし、日本とは格差のあり方が違う。
日本で意識されるのは、「大企業か中小企業か」つまり「どの会社か」の区分である。しかしヨーロッパやアメリカその他の社会では、「ホワイトカラーかブルーカラーか」つまり「どの職務か」の区分の方が強く意識されているようだ。
欧米などの企業は、三層構造だと考えるとわかりやすいようだ。そしてこの三層構造は、「目標を立てて命令する仕事」「命じられた通りに事務をする仕事」「命じられた通りに体を動かす仕事」の関係だと考えるとわかりやすい。
三層構造のいちばん上は、上級職員である。フランスでは「カードルcadre」、アメリカでは「エグゼンプトexempt」などとよばれていた。アメリカの公正労働基準法(FLSA)では、雇用主は上級職員に残業代を払うことが免除exemptされるので、エグゼンプトとよばれる。
上級職員の役割は、「命令すること」「管理すること」「企画を立てること」などである。具体的には経営、マネジメント、企画などだ。これらは時間をかければ成果が出るという職務ではないから、労働時間では評価されず、残業代の対象にはならない。給与は月給制や年俸制で、契約するときに上司と交渉して金額を決めることが多い。
エグゼンプトもカードルも、昔は少数のエリートだった。しかしいまでは、昔より比率があがっている。産業構造の変化で企画や管理などの業務がふえたこと、多くの人がその地位をめざすことなどが原因のようだ。昔は大卒が多かったが、いまは事務系なら経営学修士(MBA)、技術系なら工学修士などの学位を持っている人も多い。