(バンコク)–新型コロナウイルス感染症の大流行で「レッドゾーン」に指定され、厳格なロックダウン(都市封鎖)下にある住民を支援するため、カンボジア政府は国連機関および支援団体に指定された地域への無制限のアクセスを即時許可すべきだ、とヒューマン・ライツ・ウォッチは本日述べた。また、国連カントリーチームおよび援助国は、人権侵害にあたる公衆衛生措置としての警察活動を停止するよう働きかける必要がある。
新型コロナウイルス感染症の症例が急増したことへの対策として、2021年4月29日、カンボジア当局はプノンペン都内の6つのコミューンおよび4つのコミューンの一部を「レッドゾーン」に指定しており、30万人超に影響が出ている。指定区域の住民は特別な医学上の理由を除き外出を禁止されるなど、同国内でもっとも厳しい封鎖措置に直面。このため、何週間も食糧や薬、その他の生活必需品を手に入れることができない人が多数にのぼっている。地域の支援団体や国際支援団体は、もっとも影響を受けている市民へ直接支援をする用意ができていると表明しているが、当局が当該区域へのアクセスを認めていない。
ヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア局局長ブラッド・アダムズは、「フン・セン首相率いるカンボジア政府は、パンデミックによるロックダウン下で、ぜい弱で貧しい地域の人々を保護する義務を果たさないでいる」と述べた。「政府は、国連機関や支援団体が当該地域に完全なアクセスができるよう即時許可し、飢えに苦しむ人の生存にかかわる食糧や医療、その他の必需品が届けられるようにすべきだ。」
ヒューマン・ライツ・ウォッチによると、パンデミックによる経済危機で多くの人びとが職を失った低所得層のコミュニティは、数々の規制措置で大きな打撃を受けてきた。食糧や生活必需品の購入が難しくなる移動規制に加えて、レッドゾーンの住民は生活必需品の不足や価格上昇にも直面している。
当局は、事前通知をすることなく4月15日に突然、プノンペン都および近接するタクマオ市に都市全体を対象にした初のロックダウンを命じた。沿岸都市シハヌークビル市およびタイ国境近くにある人口の多いポイペト市周辺の地域も、それぞれ4月23日と24日に「レッドゾーン」に指定された。
4月18日、プノンペン都政府が緊急支援を必要とする人のためにメッセージアプリTelegramのグループを作成したところ、すぐに5万人超が参加。支援が何日も届かないと不服が高まるなか、助けを求めるメッセージが相次いだ。SNS上でも、当局が発表した食糧の「寄付」を未だ待ち続けているという投稿が上がっている。さまざまな局面で住民は当局への不満を街頭で表明、地域の食糧供給をめぐる危機に対応するよう呼びかけた。
商務省は4月21日、レッドゾーンの住民向けにオンライン食品ストアを開設したが、扱われている商品はわずか8つだった。対象ブランドの一部はカンボジア人民党(CPP)幹部と密接に関係しているため、私腹を肥やしているのではないかという意見も出ている。
4月27日、プノンペン都政府は首都を感染レベルに基づいて、「黄色」「濃い黄色」「赤」の3ゾーンに分割。5月2日にフン・セン首相は政府の公式SNS上で、5月5日のロックダウン解除を宣言したものの、地域ごとに厳密に限定した封鎖措置は継続するとした。
多くのレッドゾーン住民が、直面する困難に抗議している。4月29日にはプノンペン都ミーンチェイ地区での抗議活動で、参加者たちが「私たちは飢えている」と書かれた段ボール製のプラカードを掲げた。ある参加者は「私たちは金持ちではない。その日暮らしだ」と訴えた。それに対してある地元コミューン首長は、参加者に「反体制派」のレッテルを貼り、当局の「頭痛の種」になっていると不満を表した。
5月1日、閣僚評議会のフェイ・サイファン(Phay Siphan)広報官が、食糧は入手不可だと主張する人びとを「嘘つき」呼ばわりした。同日、プノンペン警察は、赤および濃い黄色ゾーンのロックダウン執行は「事態を管理するため強化かつ[中略]より厳格化[中略]される」と警告している。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、当局による不必要かつ過剰な実力行使、そして批判者の恣意的逮捕に重大な懸念を抱いている。プノンペン都当局は、ロックダウン規則の違反者に対する暴力の使用を容認しており、インターネット上には、路上で警察が警棒などで人びとを殴打する様子が映った動画の数々が投稿されている。
メディアは100人超が刑事訴追に直面していると報じた。うち9人はすでに懲役1年の刑が確定している。被告人の多くには法的代理人がつけられておらず、これは公正な裁判を受ける権利に反する。過密状態として知られているカンボジアの刑務所にさらに多くの人を送ることは、感染拡大を食い止めるために可能な限り服役囚を釈放するという公衆衛生指針と矛盾している。
4月28日に当局は、政府による住民への支援不足を批判し、ロックダウンに従わないよう市民に呼びかけたとして、国外追放されている野党指導者サム・ランシー氏を追加で訴追した。
カンボジア政府は3月、「COVID-19及びその他の重大な感染病の感染拡大防止措置[1]に関する法律」を採択。同法は、新型コロナウイルス感染症の蔓延防止に関する保健、行政、またはその他の措置に違反した人に、罰金や懲役を含む必要以上の刑事罰を科すもので、国連の専門家は、国際人権法の下で保障されている数多くの権利および基本的自由を侵害しているとして同法を批判している。
「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(ICCPR)が定めるように、移動の制限など、市民的および政治的権利に対する規制は法律に基づいたもので、かつ合法的な政府の目的を達成するため必要不可欠であり、(目的に)比例したものでなければならない。そして、もっとも規制の少ない案が採用されるべきであり、その適用が恣意的でも差別的でもあってはならず、無期限ではないこと、人間の尊厳を尊重していること、再考の対象であることも求められている。また、体罰のために棒やその他の武器を使用することは全面的に禁じられている。
政府が隔離措置やロックダウンを行う場合は、食糧や生活飲用水、医療、介護支援へのアクセスを確保する義務がある。また、高齢者や障がい者、ホームサービスやコミュニティサポートに依拠している人のためのサービス継続も保障すべきだ。つまり、支援を提供する組織・団体がロックダウン下にある人びとに支援を提供できるようにする必要がある。国連の「経済的、社会的、文化的権利委員会」(CESCR)は、食糧への権利には、すべての人が「十分な食糧またはその調達手段への物理的および経済的アクセス」を常に持っていることが含まれるべきだ、としている。
アダムズ局長は、「たとえ緊急事態下でも、公衆衛生対策がすでに危険と向かい合わせの人びとに新たな追加的問題を与えるようなことがあってはならない」と指摘する。「フン・セン首相はアクセスを遮断するのではなく、抜き差しならない状況にある市民に食糧や生活必需品を届けるべく、各支援団体の活動を奨励すべきだ。」