『明史』巻一百二十三、列伝第十一 方国珍、黄巌州の人。長身で顔が黒く、身体は白く瓢箪の様で、体力は馬を走って追い掛ける程であった。代々塩を売り海運を生業としていた。元朝の至正八年、蔡乱頭という人物が居て、海上で掠奪を働いたので、官憲は兵を発してこれを捕らえた。ある仇敵が方国珍は賊に通じていると密告した。方国珍は仇敵を殺害し、遂に兄の方国璋・弟の方国英・方国珉と共に海上へ逃れ、数千人の群衆を集め、荷船を襲撃して、海路を脅かした。行中書省参知政事朶児只班(トルチパン)がこれを討伐したが、敗北して捕らえられた結果、朝廷への官位要求を強要され、定海県尉を授けた。次いで再び叛くと、温州路を荒らした。元朝は孛羅帖木児(ボロトテムル)を行中書省左丞として、兵を率いて討伐させたが、またしても敗れ、捕らえられた。そこで大司農達識帖睦邇(タッシテムル)を派遣して説得し、これを投降させた。汝州・潁州で叛乱が起き