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銭亀沢村

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ぜにがめざわむら
銭亀沢村
廃止日 1966年12月1日
廃止理由 編入合併
銭亀沢村函館市
現在の自治体 函館市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 北海道地方
都道府県 北海道 渡島支庁
亀田郡
市町村コード 当時なし
面積 35.78 km2
総人口 8,798
国勢調査、1965年)
隣接自治体 渡島支庁
函館市亀田郡戸井村
銭亀沢村役場
所在地 北海道亀田郡銭亀沢村
座標 北緯41度45分43秒 東経140度49分48秒 / 北緯41.762度 東経140.83006度 / 41.762; 140.83006座標: 北緯41度45分43秒 東経140度49分48秒 / 北緯41.762度 東経140.83006度 / 41.762; 140.83006
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銭亀沢村(ぜにがめざわむら、古文書では「錢龜澤」と表記)は、北海道亀田郡にあった1966年昭和41年)12月1日函館市編入合併した。現在の函館市役所銭亀沢支所管内にあたる。

概要

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汐泊川下流域に位置し、南は津軽海峡に面している。函館から東の津軽海峡に面した沿岸一帯、恵山岬辺りまでを下海岸と呼んでいるが、下海岸に属する村である[1]

村の開始時期はよくわからないが、700年ほど前に漁民によって志苔村と石崎村が形成され、500年ほど前に石崎村から銭亀沢村が分村したとされる[2]。村の名前は1700年(元禄13年)に江戸幕府へ提出された松前島郷帳元禄御国絵図に「銭神沢村」とある[3]

函館市への合併のきっかけは上水道の敷設要望が強かったこと、函館空港の開設がされたことによる。

歴史

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沿革

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前史

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銭亀沢村の成立

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人口の変遷

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  • 1920年10月1日国勢調査 1,018世帯 6,104人
  • 1925年10月1日国勢調査 1,084世帯 6,544人
  • 1930年10月1日国勢調査 1,227世帯 7,634人
  • 1935年10月1日国勢調査 1,368世帯 8,443人
  • 1940年10月1日国勢調査 1,449世帯 9,204人
  • 1947年10月1日国勢調査 1,613世帯 10,132人
  • 1950年10月1日国勢調査 1,655世帯 10,715人
  • 1955年10月1日国勢調査 1,686世帯 10,754人
  • 1960年10月1日国勢調査 1,696世帯 9,538人
  • 1965年10月1日国勢調査 1,738世帯 8,798人

教育

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史跡

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地形

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村内は低地台地山地の3つに区分される。人口は低地に集中しており、汐泊川沖積地を加えても5%程度。山地は全体の40%を占め残りは台地(海岸段丘<海成段丘>)である[16]

脚注

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  1. ^ 恵山町史 p1030-1031
  2. ^ 函館市史 銭亀沢村編 p.3
  3. ^ 函館市史 銭亀沢村編 p.4
  4. ^ 上磯町歴史散歩 p196-202
  5. ^ 温泉案内 鉄道省編 1931年版 p612
  6. ^ 函館市史 銭亀沢編 p377-378
  7. ^ a b c 函館市史 銭亀沢編 p99 - p100
  8. ^ a b c d 椴法華村史 p772-p773
  9. ^ 函館市史 銭亀沢編 p104-105
  10. ^ 恵山町史 p1071-p1073
  11. ^ a b 函館市史 銭亀沢編 p168-169
  12. ^ 函館市史 銭亀沢編 p302
  13. ^ 恵山町史 p1116-1117
  14. ^ 函館市立宇賀小学校 閉校”. ファイナルアクセス (2020年). 2023年12月14日閲覧。
  15. ^ 日外アソシエーツ編集部編 編『日本災害史事典 1868-2009』日外アソシエーツ、2010年、142頁。ISBN 9784816922749 
  16. ^ 函館市史 銭亀沢編 p129

参考文献

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  • 函館市史 銭亀沢編 函館市史編さん室編 函館市 1998年
  • 恵山町史 恵山町史編纂室編 函館市恵山支所 2007年
  • 上磯町歴史散歩 上磯地方史研究会 1986年
  • 箱館昔話 第12号 函館パルス企画 2000年

関連項目

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