「古い船には新しい水夫が乗り込んでゆくだろう、古い船を今動かせるのは古い水夫じゃないだろう」という古い歌を、新しい映画を見ながら思い出していた。
1月17日から公開され、観客動員100万人、興行収入20億円を突破している話題のアニメ映画『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』の主題歌と挿入歌として流れるのは、もちろん吉田拓郎の『イメージの詩』ではなく、2025年の邦楽フロントランナーである米津玄師、そしてVTuberの星街すいせいの歌声である。「新しい水夫」である彼らの舟歌に乗って、1979年のテレビ放送から46年という半世紀の歴史をもつ『機動戦士ガンダム』シリーズという古い船が再び航海に出る、そのテレビ放送前の先行公開劇場版が今作となる。
(この記事は『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』についてのネタバレを含みます)
『ファースト』の「上書き保存」ではない
SNSで話題が沸騰しているのは、映画が大胆な二部構成によって作られているからだ。俗に『ファースト』と呼ばれる1979年のテレビシリーズ、その第一回放送がもし違う展開を見せていたら歴史はどう変わっていたか、という所から始まる前半と、その変わってしまった歴史の中で生きる少年少女たちを描く後半。まるで全く別の映画を2本立てで接続したような構成に、劇場で出会う観客の驚きを奪わないようにと、SNSでは初日に鑑賞したファンたちの自主的な箝口令のような動きも見られた。
公開日から3週間の2月10日、株式会社カラーからの公式コメントがX上に投稿された。
『GQuuuuuuX-Beginning-』の冒頭は、再現度の強さと、特別にスタッフのエネルギー熱量が高かった為、驚かれるかもしれない映像に仕上がっていますが、本質は、「ガンダム」シリーズという広大な敷地に我々が建てさせていただいた、新たな一棟に過ぎないと考えています。
本家住宅の解体や増築ではなく、横並びに別棟を建てたイメージで考えています。
『GQuuuuuuX-Beginning-』の冒頭は、再現度の強さと、特別にスタッフのエネルギー熱量が高かった為、驚かれるかもしれない映像に仕上がっていますが、本質は、「ガンダム」シリーズという広大な敷地に我々が建てさせていただいた、新たな一棟に過ぎないと考えています。…
— (株)カラー 2号機 (@khara_inc2) February 10, 2025
公開も中盤になってコメントを出したのは、ガンダムの歴史の始原である最初のテレビシリーズのパラレルストーリーを描くことに対するファンへの配慮もあったのだろう。コメントに書かれた通り、それは富野由悠季による最初のTVシリーズを「上書き保存」するものではなく、ifストーリーとして「別の名前をつけて保存」するような脚本の構成だ。旧作の世界観を新作映画から切り離して守ると同時に、鶴巻和哉監督ら新しいスタッフが描く今後の展開にもフリーハンドを与える妙手でもある。
映画の前半部分が賛否も含めて話題をさらったのは、1979年のテレビシリーズの作画監督を務めた「安彦良和の絵」の再現に挑んだアニメーターたちの手腕への賞賛も大きい。
実は、最初のTVシリーズの絵のリメイク、ブラッシュアップは他ならぬ安彦良和本人を監督とした『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』および『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』などでも見事に行われてきた。NHKの『浦沢直樹の漫勉neo』で放送された安彦良和の筆さばき、70代半ばにして下描きもほとんどなく筆で複雑な絵を描き上げていく神技は、まるで講談や小説の中の剣聖や達人を現実に目にしたような驚愕と賞賛を多くの視聴者から集めた。反響の大きさと安彦良和の才能を記録した映像の価値を認められ、放送回が文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門大賞に選ばれるという結果までもたらしたほどだ。