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インタビュー
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『さらば恋人』を聴いてるとね、歌謡曲っていいなぁ~ってつくづく思う。何処へ行ってしまったんだ歌謡曲。帰れ我が胸に歌謡曲。 ティンパニとタンバリンで荘厳なリズムを刻むイントロ。厚みのあるストリングスが導かれ、スケールの大きなバラードの始まりを予感させる。 が、一転して何の変哲もない8ビートに変わってさらりと歌が飛び出す。 このコントラストがね~、たまらない。 さよならと書いた手紙 テーブルの上に置いたよ あなたの眠る顔見て 黙って外へ飛び出した 作詞は元フォークルの北山修。この時期北山修と筒美京平は、『レッツゴー!サザエさん』(現在、次週予告で流れるインスト)も産み出している。 歌謡界の筒美、フォークの北山、どういう経緯で組まれたコンビかは知らぬが、フォークル(『帰ってきたヨッパライ』)、シューベルツ(『風』)、クライマックス(『花嫁』)、ジローズ(『戦争を知らない子供たち』)、ベッツィ&ク
春の小川は、さらさら流る 岸のすみれや、れんげの花に 匂いめでたく、色うつくしく 咲けよ咲けよと、ささやく如く 大正元年(1912)に尋常小学校四年生唱歌に制定された高野辰之作詞、岡野貞一作曲の『春の小川』は、昭和17年(1942)林柳波により「さらさら行くよ」「すがたやさしく、色うつくしく」「ささやきながら」と改作された。僕がこどもの頃唄っていたのは、その改作版だ。 いい歌だな… と、こども心ながらに大好きだった。その「大好きだった」無垢な記憶が、いままたキュンとさせる。 現在は「咲いているね」に変わっているそうだが、それはまったくいただけない。 この高野辰之・岡野貞一コンビは他にも、『故郷』『春がきた』『おぼろ月夜』『紅葉』といった名曲を生み出している。どれも白秋や雨情に負けない“叙情”が宿っている。 中でも僕は『おぼろ月夜』が大好きだ。 というか、この世にあまたある歌の中で、これ程美
「やめてけれ! お父ちゃんを殺さねぇでけれ!」 スクリーンからこの声が飛び出した瞬間、ただそれだけで僕はぽろぽろと涙をこぼしてしまった。 創刊号から購読していた角川の《バラエティ》誌で、薬師丸博子を知った。映画『野性の証明』のオーディションの話題だった。 以来僕は、憑かれたように薬師丸ひろ子の熱狂的なファンになった。 薬師丸ひろ子について書かれている記事は、どんな小さなものでもスクラップした。部屋の壁には彼女のピンナップがベタベタと貼られた。デビュー前、宣伝を兼ねて起用されたとある体育関係のポスターも盗んだ。 そして待ちに待った『野性の証明』の公開日、動く薬師丸ひろ子が大スクリーンに映し出されたというだけで、胸がいっぱいになり、目頭が熱くなった。 ありがとう、ぬくもりを。ありがとう、愛を。 さてその後、薬師丸ひろ子の人気はかなりなものになっていったと思う、贔屓目でなく。「国民的アイドル」と
『海の天辺』('88)は、10回は読んでいる。この作品は脇役の生徒も含め、各々がはっきりとした性格を持っている。それが現実の日常のようにきちんと描かれているから、典型的な少女漫画ストーリーであるにもかかわらず、そのクササを微塵も感じさせない。そして、切なく胸をくすぐってもくれる。 この作品は何度読んでも読み飽きることがない。そして読む度に、コマのひとつひとつに新しい発見がある。 カバー折り返しの「作品かいせつ」もショッキングなくらいお洒落で、このHPの「プロフィール」に色濃く影響が出ている。 『東京のカサノバ』('83)は、暁の綺麗な顔を伝う涙がいい。この作品あたりから、他の少女漫画家とは一線を画した絵の上手さが際だってきた。そして『A-Girl』('84)『Kiss+πr2』('86)『千花ちゃんちはふつう』('87)と、綺麗という言葉だけでは言い表せない、性格を表情に携えた独特の絵を確
中島みゆきは拓郎が好きだったって話がある。 ホントかウソか知らないけど、ミニスカートの中島みゆきが、拓郎のコンサートの楽屋を訪ねたという逸話もあるらしい。 初期の拓郎の写真を撮っていた田村仁(タムジン)さんが、中島みゆきの写真も撮っているんだけど、タムジンさん曰く「これって、拓郎に対してのラブレターなんじゃない?」。 それはさておき、'94年、泉谷しげるの呼びかけでニューミュージックの御大が集まったチャリティ・コンサート『日本を救え!』で拓郎は中島みゆきの『ファイト!』を弾き語りで唄った。 たたかう君の歌を たたかわないやつらが笑うだろう ファイト! この歌はまるで拓郎のオリジナルのように拓郎にフィットしていた。中島みゆき・作と知らないファンは、拓郎の歌だと勘違いしたようだ。それほど『ファイト!』は紛れもなく拓郎の歌になっていた。会場でこの姿を見ていた僕は、不覚にも涙を落としてしまった。
そもそも漫画とは“非現実”を表現するにうってつけの手段で、その“非現実”に想像力の乏しい読者は魅了され、夢を託すわけで。 逆に云えば、“非現実”を産み出すチカラのない者は、いくら絵が巧く描けたところで、到底漫画家にはなれない。扉絵のようなイラストを幾ら描き続けても(また昨今のようにそれを自身のホームページに掲載しても)、その絵はそれ以上のものではない。 山田花子は“非現実”を表現する漫画に於いて、あまりに“現実”を見過ぎた。 それは『ちびまる子ちゃん』のような、同世代が共通の経験や思い出を持つ“笑って語り合える”現実ではなく、「愛」と「差別 」と「自意識」と「絶望」を綯い交ぜにした、ワイドショーでお手軽に言い回されるところの“心の闇”だった。 “心の闇”は、決して特別なものではない。隠してはいても、誰しもが抱えているもの。その比重のバランスをどうつけるか、それが人生の処世術なのかもしれない
音楽やレコード、CDに関するコラムです。
「ジャパン・パンチ」(イギリス人画家チャールズ・ワーグマンが、横浜の居留地に住む外国人を対象に創刊した諷刺マンガ誌)創刊
ありがとうございました。 さようなら。
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