想像出来るだろうか? 標高差2200メートル。東京都庁舎をほぼ9棟重ねた高さの、垂直に近い雪氷と岩の壁がある。 その壁に、たった一人で挑み、ロープを使わずに登っていく。少しでもバランスを崩せば墜死する。両手に握ったピッケルを雪氷に打ち込み、登山靴に装着したアイゼンのつめをけり込んで体を支える。体を壁から離し、眼球をせわしく動かして周囲の状況をつかむ。そしてゆっくりと、しかし着実に、高度を上げて行く。 山野井泰史。ヒマラヤにそびえる世界第6位の高峰、チョーオユー(8201メートル)の南西の壁をよじ登り、山頂に達する前人未踏のルートを切り開いた。94年のことだ。 たった一人というだけではない。酸素ボンベに頼らず、約43時間というスピードで山頂に立った。「人間わざとは思えない」。登山界は驚いた。その後も数多くの記録を打ち立てた、世界トップレベルのソロ・クライマーだ。 ソロとは、単独登攀を意味する