御嶽山の噴火で、国内に110の活火山がある「火山大国」日本の危険性が改めて浮き彫りになった。防災体制の見直しが急務だが、就職先の少なさなどから火山研究を志す学生は減少し、今や研究者は40人程度しかおらず「火山防災体制の危機」と懸念されている。国は近く専門家会議を立ち上げ、若手の人材育成を急ぐ方針だ。「40人学級」。火山研究者不足の現状について、大学関係者の間では自嘲気味にこういわれている。内閣
御嶽山の噴火が始まった9月27日。噴火の約4時間半前に、火口付近から白い煙が出ていた様子を当時、山頂にいた横浜市都筑区の野上元男さん(66)がカメラに収め、朝日新聞横浜総局に提供した。 煙が出ていたのは山頂にある神社から南に数百メートル下の場所。野上さんは山岳グループの仲間1人と26日から登山を開始した。その日は山荘に泊まり、翌27日朝に登山を再開、午前7時半ごろ山頂に到着した。南の向こうに白い煙が出ているのを見つけ、撮影した。登山者約20人がいたが、揺れなどもなく、危険は感じなかったという。 野上さんらは間もなく下山。車で帰る途中の午後1時ごろ、初めて御嶽山の噴火を知った。 「写真は記念のつもりで撮ったもの。煙が噴火の予兆だったのか、それとも御嶽山の日常の様子なのかはわからない」と野上さんは話している。(小北清人)
特産「御嶽はくさい」に付いた火山灰を、収穫直後に水で洗い流す作業に追われる農家=28日午前9時28分、木曽町開田高原 国土交通省中部地方整備局(名古屋市)は28日、ヘリコプターを使って御嶽山噴火に伴う降灰の状況を調査し、御嶽山東側の木曽郡木曽町開田高原周辺で降灰を確認した。同局は「量はそれほど多くない」としているが、木曽町と同郡木祖村内では収穫前だった特産の「御嶽はくさい」に灰が付くなどの被害が生じており、農家は白菜を水で洗い流す作業に追われた。県は同日、灰が生活環境に与える影響を調べるため、同町と同郡王滝村で大気調査を始めた。 県木曽農業改良普及センター(木曽町)によると、灰が付いたのは御嶽はくさいの畑計約18ヘクタール(栽培農家28軒)。木曽町と木祖村内の栽培面積は計約75ヘクタールで、収穫が終わっていない木曽町の約8ヘクタールと木祖村の約10ヘクタールの全てで被害が生じたという。大
鹿児島県の桜島で大正時代に起きた大噴火から12日で100年となります。 桜島で当時と同じ規模の噴火が起きた場合、風向きによっては火山灰が北海道まで達してほぼ全国で航空機が運航できなくなるなど、広い範囲で大きな影響が出るおそれがあることが専門家の分析で分かりました。 100年前、大正3年1月12日に起きた桜島の大噴火では、噴火に伴う地震などで58人が犠牲になったほか、流れ出た溶岩で桜島と大隅半島は陸続きになりました。 気象庁気象研究所の新堀敏基主任研究官は、100年前と同じ規模の噴火が再び起きた場合に、火山灰がどのように広がるかを調べるため実際の気象条件を基にシミュレーションしました。 このうち、全国に影響を及ぼすのは南西の風が吹いた去年10月の気象条件の場合で、火山灰は高さ1万8000メートルに達したあと、上空の風に流されて近畿や東海、関東を超えて北海道にまで達するという結果になりました。
台風30号の直撃を受け、沿岸部が壊滅状態となったフィリピン・レイテ島の中心都市タクロバン。命からがら助かった住民も、雨の中でただ呆然(ぼうぜん)と立ち尽くすばかりだ=10日(ロイター) フィリピン中部を8日に襲った猛烈な台風30号による死者・不明者は、当初の推計を大幅に上回り、レイテ島だけで1万人を超す恐れがあることが明らかになった。現地の警察幹部がロイター通信などに語ったもので、レイテ島で台風が通過した地域の70~80%の建物が破壊されたという。島の中心都市タクロバンでは、沿岸部が台風によって発生した高潮に襲われ、がれきが散乱。建物は破壊され、車両が横転するなどし、衝撃のすさまじさを物語っている。道路寸断で救援難航 タクロバン(人口約22万人)はレイテ島の北東部の海岸に面した港湾都市で、首都マニラからは南東約580キロに位置する。フィリピン政府は軍を動員して、水や食料、テントなどを輸送。
台風30号が通過したフィリピン東部レイテ(Leyte)州タクロバン(Tacloban)で、大量のがれきの中、荷台に救助隊員らを乗せて走るトラック(2013年11月10日撮影)。(c)AFP/TED ALJIBE 【11月10日 AFP】(一部更新、写真追加)フィリピン東部、サマール(Samar)島の地元当局は10日、観測史上最大規模の台風30号(アジア名:ハイエン、Haiyan)で少なくとも300人が死亡し、約2000人が行方不明になっていると発表した。 サマール島の防災当局者は地元ラジオ局DZBBに対し、同島の小さな町バセイ(Basey)だけで300人の死亡が確認されたと話した。また、バセイとサマール島のその他の町で約2000人の安否が確認できていないという。 台風30号が8日未明に人口約73万3000人のサマール島に上陸した後、同島当局者が大規模な人的被害を確認したのは初めて。しかし、
石巻線15年春全面再開 女川駅内陸に150メートル移設 石巻線復旧に関する確認書締結式に出席した(右から)西野支社長、須田町長、JR東日本東北工事事務所の竹内研一所長 東日本大震災で被災し、休止している宮城県女川町のJR石巻線浦宿-女川間について、JR東日本は25日、2015年春に再開する方針を明らかにした。町が中心商業エリアの再生を宣言する「まちびらき」に合わせた。同区間の再開で石巻線は全面復旧する。 商業エリアの中心となる女川駅は約150メートル内陸側に移設され、同区間の営業距離は約2.4キロと約200メートル短くなる。 町は土地造成や駅舎建設、周辺インフラと交通広場の整備を実施し、JR東は線路や信号、プラットホームを整備する。 女川駅は5~6メートルかさ上げした土地に建設する。鉄骨一部木造3階で、震災前に駅に隣接していた町営温泉施設「女川温泉ゆぽっぽ」も入る。駅舎部分はJRに有
崩れたJR三江線の橋脚=25日午前、島根県川本町、筋野健太撮影崩れたJR三江線の橋脚=25日午後、島根県川本町、筋野健太撮影 西日本は記録的な猛暑から一転し、25日も連日の大雨に見舞われた。島根県西部では未明の豪雨から一夜明け、被害の爪痕が各地で明らかになっている。 島根・益田で史上最大1時間87ミリ激しい雨に注意 島根県川本町因原(いんばら)では、前日の豪雨でJR三江(さんこう)線の鉄橋の支柱が折れ、濁流に流されていた。 因原地区の自治会長・志谷征雄さん(68)によると、24日午前7時すぎ、堤防に行くと、川は見たことのない勢いで流れ、大きな石が川底を転がるゴロゴロという音が聞こえた。 濁流が橋脚10本のうち堤防に一番近い1本の土台部分をのんだ。「ポキッ」と音がして橋脚が折れ、くの字に。20分後、上部が「メキメキ」と音をたて、濁流に落下。線路が宙づりの状態になったという。 志谷さ
関東大震災で津波の被害を受けた鎌倉市の稲瀬川河口や坂ノ下地区の海岸=鎌倉市中央図書館提供関東大震災で津波が押し寄せた地域 【合田禄】1923年の関東大震災で、神奈川県の相模湾に沿った逗子や鎌倉、藤沢の各海岸付近に押し寄せた津波の高さは、それぞれ最大6〜7メートルだったことがわかった。神奈川県温泉地学研究所などが標高と証言を精査し、特定した。 関東大震災では三浦半島や伊豆半島、房総半島も津波に襲われたが、相模湾は人口が多く、津波の被害が大きかったとされる。震災直後に研究者が調べたところ、津波の高さは20〜30尺(6〜9メートル)だったとする記録などが残っていたが、ほかにばらばらに残っていた住民の手記などはまとめられていなかった。 同研究所などは、郷土史家が集めた、浸水家屋や壊れた橋の状況などをめぐる住民の証言を検証。国土地理院が昨年3月に公開した詳細な標高と照らし合わせ、逗子海岸で6メ
File Not Found. 該当ページが見つかりません。URLをご確認下さい。 お知らせ 事件・事故のジャンルを除き、過去6年分の主な記事は、インターネットの会員制データベース・サービスの「京都新聞データベース plus 日経テレコン」(http://telecom.nikkei.co.jp/public/guide/kyoto/)もしくは「日経テレコン」(本社・東京 http://telecom.nikkei.co.jp/)、「ジー・サーチ」(本社・東京、 http://www.gsh.co.jp)のいずれでも見ることができます。また、登録したジャンルの記事を毎日、ネット経由で会員に届ける会員制データベース・サービス「スカラコミュニケーションズ」(本社・東京、http://scala-com.jp/brain/) も利用できます。閲読はともに有料です。 購読申し込みは下記のページから
クルド人歌手、入国拒否…埼玉会館で開催予定、コンサートが中止に 亡命先の日本大使館には連絡済み 恥ずかしい…米国やカナダなどで出演も「この対応はない」 入管、電話取材に応答なし
復元作業を終えた岩手県陸前高田市の「奇跡の一本松」について、住民が「以前の姿と何かが違う」と首をかしげている。落下の危険を考慮し枝葉をわざと少なめにしたため。市は「復元はこれで精いっぱい」と理解を求めている。 一本松は景勝地「高田松原」の約7万本の松で唯一東日本大震災の津波に耐えたが、立ち枯れたために市が保存を決定。昨年9月に切断し防腐処理を施した幹にレプリカの枝葉を取り付け、今月作業を終えた。7月3日に完成式典を開く。 「高田松原を守る会」の鈴木善久会長(68)は「葉が減って寂しい感じ。人工なら限界なのかな」。市の担当者は「震災後、姿は変わった」。一本松は震災直後には葉を茂らせていたが徐々に落葉し、切断した際には枝だけになっていた。一本松を見続けてきた人には震災直後のイメージが強いようだ。 ただ、高さ30メートルの松が強風に耐えるには枝葉を少なくして風圧を受ける表面積を減らす必要もあり、
おととしの津波でほぼ水没した、宮城県女川町の5階建てのビルで、中にいた22人が溺れずに生き延びていたことが、当時の映像や証言で明らかになりました。 窓がなく、空気の逃げ場がない部屋だったため、空気の圧力で水が一定以上侵入しなかったとみられ、専門家は「震災の重要な教訓であり、今後の津波対策のために細かく検証すべきだ」と話しています。 女川町の中心部にある「女川町生涯教育センター」は、鉄筋コンクリート造りの5階建てのビルで、東日本大震災が発生した際、周辺から多くの人が逃げ込みましたが、高さ20メートルある屋根まで津波が達しました。 当時、町役場の屋上からこのビルを撮影した写真では、最も高い津波が押し寄せた際、屋根の先端だけを残してビルが水没した様子が分かり、撮影した役場の職員も「5階までは水没していた。中に人がいても生きていないと思った」と話しています。 ところが、5階の機械室に逃げ込んだ、高
富士山の西側が三体崩壊した場合 【合田禄】富士山で巨大な山崩れが起きると、駿河湾内で最大3メートルの津波が起きるおそれがあることが、静岡大防災総合センターのシミュレーションでわかった。19日から千葉市で開かれる日本地球惑星科学連合の大会で発表する。 原田賢治准教授(津波工学)らは、富士山の一部が崩れる「山体崩壊」が起き、1立方キロの岩石片などが時速100キロで駿河湾に流れ込むと仮定し、津波の発生を計算した。 西側が崩れた場合は、約30分後に静岡市南部の安倍川河口付近、約40分後に湾口部の御前崎付近、約45分後に焼津市付近でそれぞれ最大3メートルの津波が発生した。伊豆半島側では約20センチだった。東側の場合は、津波は同じように広がるが、最大2メートルほどだった。 続きを読むこの記事の続きをお読みいただくには、会員登録が必要です。登録申し込みログインする(会員の方) 無料会員登録はこちら
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