2月28日(現地時間)ホワイトハウスで行われたトランプ米大統領とウクライナのゼレンスキー大統領との首脳会談は、両大統領の罵り合いで決裂したが、路線の対立に加えてウクライナ側の“3つの過ち”が事態を悪化させたと言われている。
「めかし込んできたな」ゼレンスキー氏の服装に“皮肉”
ゼレンスキー大統領が黒い大型SUV車でホワイトハウスに到着した際、迎えに出たトランプ大統領は周りの取材陣に聞こえるようにこう言った。

「今日はめかし込んできたな」
車から降り立ったゼレンスキー大統領は、胸に国章の三叉の矛をデザインした黒いセーターにやはり黒い作業ズボンにブーツといういつもの“ゼレンスキー・ファッション”姿で、トランプ大統領の言葉には皮肉が込められていた。
その皮肉は、両大統領が執務室「オーバル・オフィス」で写真撮影のための「フォトオプ」の最中に記者が引き継いで質問した。

「ゼレンスキー大統領、なぜスーツを着てこないのですか?ここは米国で最も大事なオフィスなんですが、それでもあなたはスーツを着ることを拒否するのですか?そもそもあなたはスーツを持っているのですか?」
質問したのは、トランプ寄りのケーブル・ニュース「リアル・アメリカズ・ボイス」のブライアン・グレン記者で、さらにこう続けた。
「多くの米国人は、あなたがこのオフィスを大事にしないことを問題だと思っているのです」

ゼレンスキー大統領はこう応じた。
「この戦争が終われば私もコスチューム(スーツのことか)を着ますよ。多分あなた(記者)が着ているようなのをね。もしかしたらもっと上等なのか、どうなるか分かりませんが」
ゼレンスキー大統領はウクライナ戦争開始以来、兵士や国民との連帯の意味を含めてこうした戦闘服にも似たスタイルで通しているのだが、トランプ大統領にはホワイトハウスという場にはそぐわないという反感もあったようだ。
写真撮影の機会を乗っ取り
ゼレンスキー大統領とトランプ大統領の話し合いは「フォトオプ」から順調に始まったように思えたが、中盤になりゼレンスキー大統領がロシアのプーチン大統領の批判を始めた頃から風向きが変わった。

ロシアによる残虐行為の写真を持ち出して一つ一つ説明をしてプーチン批判を繰り広げていくうちに、これからプーチン大統領と交渉を始めるトランプ大統領の神経を逆なでし、最後は両大統領が罵り合って本会談もキャンセルされてしまった。
「ゼレンスキーはオーバルオフィスを不意打ちした」
(ニュースサイト「ザ・ヒル」28日)
実は、今回のホワイトハウスでの首脳会談はウクライナ側の強い要望で実現したという情報もある。(ニューヨーク・ポスト紙電子版・28日)ウクライナ側は、ホワイトハウスでの会談で主導権を握ってロシアとの交渉を有利に運びたい意思があったのかもしれないが、そうだとするとその計画は裏目に出たようで、バンス副大統領の次のような反撃を招いてしまった。

「ゼレンスキー大統領、失礼ながらこの問題(ロシア非難)を米国のメディアの前で論争するためにオーバル・オフィスへ来たのならば非礼ではないですか」
バンス副大統領をファーストネームで呼んだ
議論が伯仲していくうちに、バンス副大統領が過去の民主党政権の外交がロシアの侵略を止められなかったと言うと、民主党政権には親近感を抱いているといわれるゼレンスキー大統領がこう言い返した。

「どんな外交のことを言っているんだ、JD、君の言っているのは」
副大統領のフルネームはジェームズ・デイヴィッド・バンス。省略してJ.D.バンスとも呼ばれることもあるが、JDとファーストネームだけで呼ぶのはトランプ大統領とかよほど近い友人などに限られる。初対面のゼレンスキー大統領なら名前でなく「副大統領」と呼ぶべきだったのだが、それを議論の興奮のあまりか、JDと呼んでしまったことにバンス副大統領が気を悪くしたのは確かで、英紙ザ・テレグラフ電子版(1日)は、「これが間違いのもとだった」と見出しにしている。

今回の首脳会談の決裂は、本質的にはトランプ大統領とゼレンスキー大統領の停戦へ向けた考え方の基本的な対立によるものだが、ウクライナ側が犯した誤ちが事態をさらに悪化させて、ホワイトハウスを訪問した外国首脳が「追い出される」という前代未聞の結末に至ることになったようだ。
ちなみに、同様のケースが過去にあったかどうか、AIのチャットGPTに聞くと、こう答えがあった。

「最近の事件で、ドナルド・トランプ大統領がウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領をホワイトハウスから追放したことは、現代のアメリカ史において前例のない出来事です。
これまでにも、外国の指導者が米国への入国を拒否されたり、制限を受けたりした例はありました。たとえば、オーストリアのクルト・ヴァルトハイム大統領はナチス関与の疑いにより入国を禁止され、ジンバブエのロバート・ムガベ大統領は2014年の米・アフリカ首脳会議から排除されました。しかし、国家元首がこのような扱いを受けた前例はありません」
【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン:さいとうひさし】