ハンジン社における死亡事故のリスト [フィリピン労働運動]
ハンジン社における死亡事故のリスト
当文書は、チェスター・アンパロ(マカバヤン:MAKABAYAN)とノエル・デ・メサ(フィリピン全国建設労働者組合(NUBCW)パラリーガル) ハンジン組織化チームによって準備された。

<スービック、ハンジン造船所の門前>
死亡事故
1. ホセ・ナバロJose Navarro、19歳、トンド(マニラ)出身。ハンジン社の下請であるGran-Span Dev’t. Corpに雇われていました。2006年2月20日に死にました。彼は塗装工として働いており、建物から落ちました。
2. ジェイク・クイラJake Quilla 、は、2006年2月28日に死にました。ハンジン社の下請けBodahh社の従業員。ナバロと同じ様に、クイラも建設労働者として働く建物の最上部から落ちました。
3. ミサエル・ヨラック・ミンカイMisael Yorac Mingkay、パイプフィッター、彼はクレーンに打たれて、事故の45日後の2006年10月5日に、病院で死にました。病院からの請求はP500,000(約100万円)でしたが、P40,000しか支払われていません。
4. レオニー・モトスLeonie Motos は、金属によって背中を打たれて脊柱に損傷を受け、昏睡状態におちいり、2週後に病院で死にました。2007年9月。病院からP760,000(約152万円)の請求されました。ハンジン社下請けであるIn-young International Trading Corp.,社社員でした。会社は病院からの請求金額の全額を支払いました。彼の妻は病院からの怖ろしいほどの金額請求に合意する署名をしました。
5. レヤナン・ロキナリオReynan Loquinario、25歳、カワグ(Cawag)、スービック、ザンバレス州出身。2007年12月24日にトラックから金属が彼の上に落ちてきて死にました。今にいたるまで、ハンジン社からどのような補償もありません。ハンジンの下請け企業であるthe Provincial Prosecutor Joy Bayona against DMK Corporationの事務所でこの事故は起こりました。トラックの韓国人運転手は労働ビザを持っていませんでした。死亡事故はスービック湾開発庁(SBMA)によって認定されませんでした。
6. ジョエル・ラギー Joel Raguine、 サン・マルセリーノ(ザンバレス州)出身。ハンジン社敷地内でトラックにひかれました。2008年1月14日にスービック湾開発庁(SBMA)労働委員会によって確証された事故死事件です。
7. マリオ・レクサマーナ Mario Laxamana、30歳、 2008年1月16日、モロン、バターン州出身、ハンジン社敷地内での爆発により、2008年1月16日に死亡しました。
8. エレミア・アダモス Jeremias Adamos, 33歳、セント・トーマス、スービック町、ザンバレス州出身、レクサマーナと同じく、ハンジン社敷地内での爆発により、2008年1月16日に死亡しました。
9. ニール・モヒカ Neil Mojica、40歳、整備士、そして、
10. エドゥアルド・モリナ Eduardo Molina、36歳、モヒカとモリナは、二人ともハンジン社下請けのGlobe Distribution Services(Subic Inc.,)で働いていました。二人ともBalaybay Resettlement、Catillejos、Zambalesに住んでおり、二人とも、クレーンから落ちた金属で打たれて死にました。
11. アンゲリート・バナーグ Angelito Banaag 39歳、溶接工として働いていた建物の屋根から落ちました。彼はネジを打つため屋根に印をつける仕事をしていました。屋根の端であることを知らずに後方に移動し落ちました。彼は、ハンジン社の下請Bodahh社に雇われていました。
12. ロデル・エドウナラーガ・ダアン Rodel Ednalaga Daan、アニングウエイ・サカチハン・バランガイ、スービック出身。マラリアで死にました
13. マーク・アンソニー Mark Anthony、 サンタ・リタ・バランガイ、マシンロク出身 、彼もまたマラリアで死にました。
14. ラファエル・クレグ Rafael Cureg 27歳、2008年6月11日死亡。トウグエガラオ(Tuguegarao)出身。Boodah社/Tri-Constiの従業員。彼は、サービスピックアップに乗っている間に、ハンジン社クレーンの連結トラック打たれました。
15. オリバー・ラバイ Oliver Labay 、30歳、ソルソゴン(Sorsogon)出身。スービック造船所の溶接工。彼は貨物船のほかのバルクヘッドを粉砕していました。2トンの積荷が彼の頭に落ちてきました。2008年6月14日に死亡しました。
16. ゴルデモ・ラモスGlodemo Ramos、32歳、イリガン市出身。2008年6月15日に、彼は宿舎に行く途中、トラックから落ちて死にました。下請け企業PK Firmは、葬式費を負担し、家族にはP50,000(約10万円)支払うと約束しましたが、ラモスの死体輸送代のP15,000(約3万円)を支払っただけでした。
17. マルコ・アトウレロ Marco Atrero 、53歳、キャンデラリア (Candelaria) 都市部、ザンバレス州出身。乾ドッグ No.6で2008年6月20日死にました。
18. アルヴィ・マヒナイ Arvy Mahinay 、19歳、Pasig市の居住者、2008年8月6日、落ちているヘルメットを取りに行こうとして、工事中の避難所の屋根から落ちました。
19. エフレン・デラクルース Efren de la Cruz 23歳、アルマセン(Almasen)、エルモサ(Hermosa)、バタアン州出身。下請け企業UT Constructionの4人の他の労働者と共に、動力で動く道具を使用している造船所のMotor Pool(U-Ditch Area)で働いている時、突然、感電死しました。2008年8月12日でした。
20. ベンジー・ガモロ Benje Gamolo、31歳、タタロン(Tatalon)、ケソンシティー居住者。ガモロは、Subic Hansung社(公認のHanjin下請け企業)の指示監督のもとで、構造建設者として造船所で働いていました。 2008年7月16日フィリピン・スター紙、ディング・セルバンテス署名記事参照。
21. フィリップ・メンドーサ Philip Mendoza、40歳、カスティレオス(Castillejos)、ザンバレス(Zambales)州出身。機械装置部門。 2008年11月20日、韓国人が運転するトラックが、金属に衝突し、その金属がメンドーサに落ちてきました。
22. ホセ・ヴェナー・ギルJose Vener Gil、2008年11月26日死亡。ホセ・ヴェナー・ギルは、2006年後半から仕事関連の事故において15人の死をもたらしたと、Pyeong Jong Yu(ハンジン社ゼネラルマネージャー)が木曜日の電話インタビューで語りました。
23. ラドン・デルロサリオ Raldon del Rosario、19歳、Kalinga Apayao 出身。溶接・粉砕・切断などが行われている組立Aセクションで午前8時ごろに、800キログラムのキャンバスドアが彼に襲いかかり、彼の頭がコンクリートの床に押しつけられ、広範囲に及ぶ頭部外傷を負ってデルロサリオは即死しました。
24. チョイ・ドン・バエク Choi Dong Baek、造船所の組立工場Cの51才の監督。バエクは、2006年に操業を始めて以降、造船所で死んだ二人目の韓国人です。Arrezaによると、もう一人はマラリアで死んだと説明しました。
上記24名は、ハンジン労働組合が把握している死亡事故・死亡者数です。ハンジン社は、上記のうち17のケースだけを認めています。しかし一方、他の幾人かは、死亡事故は34件より多いと報告しています。
2006年から2009年まで
当文書は、チェスター・アンパロ(マカバヤン:MAKABAYAN)とノエル・デ・メサ(フィリピン全国建設労働者組合(NUBCW)パラリーガル) ハンジン組織化チームによって準備された。
<スービック、ハンジン造船所の門前>
死亡事故
1. ホセ・ナバロJose Navarro、19歳、トンド(マニラ)出身。ハンジン社の下請であるGran-Span Dev’t. Corpに雇われていました。2006年2月20日に死にました。彼は塗装工として働いており、建物から落ちました。
2. ジェイク・クイラJake Quilla 、は、2006年2月28日に死にました。ハンジン社の下請けBodahh社の従業員。ナバロと同じ様に、クイラも建設労働者として働く建物の最上部から落ちました。
3. ミサエル・ヨラック・ミンカイMisael Yorac Mingkay、パイプフィッター、彼はクレーンに打たれて、事故の45日後の2006年10月5日に、病院で死にました。病院からの請求はP500,000(約100万円)でしたが、P40,000しか支払われていません。
4. レオニー・モトスLeonie Motos は、金属によって背中を打たれて脊柱に損傷を受け、昏睡状態におちいり、2週後に病院で死にました。2007年9月。病院からP760,000(約152万円)の請求されました。ハンジン社下請けであるIn-young International Trading Corp.,社社員でした。会社は病院からの請求金額の全額を支払いました。彼の妻は病院からの怖ろしいほどの金額請求に合意する署名をしました。
5. レヤナン・ロキナリオReynan Loquinario、25歳、カワグ(Cawag)、スービック、ザンバレス州出身。2007年12月24日にトラックから金属が彼の上に落ちてきて死にました。今にいたるまで、ハンジン社からどのような補償もありません。ハンジンの下請け企業であるthe Provincial Prosecutor Joy Bayona against DMK Corporationの事務所でこの事故は起こりました。トラックの韓国人運転手は労働ビザを持っていませんでした。死亡事故はスービック湾開発庁(SBMA)によって認定されませんでした。
6. ジョエル・ラギー Joel Raguine、 サン・マルセリーノ(ザンバレス州)出身。ハンジン社敷地内でトラックにひかれました。2008年1月14日にスービック湾開発庁(SBMA)労働委員会によって確証された事故死事件です。
7. マリオ・レクサマーナ Mario Laxamana、30歳、 2008年1月16日、モロン、バターン州出身、ハンジン社敷地内での爆発により、2008年1月16日に死亡しました。
8. エレミア・アダモス Jeremias Adamos, 33歳、セント・トーマス、スービック町、ザンバレス州出身、レクサマーナと同じく、ハンジン社敷地内での爆発により、2008年1月16日に死亡しました。
9. ニール・モヒカ Neil Mojica、40歳、整備士、そして、
10. エドゥアルド・モリナ Eduardo Molina、36歳、モヒカとモリナは、二人ともハンジン社下請けのGlobe Distribution Services(Subic Inc.,)で働いていました。二人ともBalaybay Resettlement、Catillejos、Zambalesに住んでおり、二人とも、クレーンから落ちた金属で打たれて死にました。
11. アンゲリート・バナーグ Angelito Banaag 39歳、溶接工として働いていた建物の屋根から落ちました。彼はネジを打つため屋根に印をつける仕事をしていました。屋根の端であることを知らずに後方に移動し落ちました。彼は、ハンジン社の下請Bodahh社に雇われていました。
12. ロデル・エドウナラーガ・ダアン Rodel Ednalaga Daan、アニングウエイ・サカチハン・バランガイ、スービック出身。マラリアで死にました
13. マーク・アンソニー Mark Anthony、 サンタ・リタ・バランガイ、マシンロク出身 、彼もまたマラリアで死にました。
14. ラファエル・クレグ Rafael Cureg 27歳、2008年6月11日死亡。トウグエガラオ(Tuguegarao)出身。Boodah社/Tri-Constiの従業員。彼は、サービスピックアップに乗っている間に、ハンジン社クレーンの連結トラック打たれました。
15. オリバー・ラバイ Oliver Labay 、30歳、ソルソゴン(Sorsogon)出身。スービック造船所の溶接工。彼は貨物船のほかのバルクヘッドを粉砕していました。2トンの積荷が彼の頭に落ちてきました。2008年6月14日に死亡しました。
16. ゴルデモ・ラモスGlodemo Ramos、32歳、イリガン市出身。2008年6月15日に、彼は宿舎に行く途中、トラックから落ちて死にました。下請け企業PK Firmは、葬式費を負担し、家族にはP50,000(約10万円)支払うと約束しましたが、ラモスの死体輸送代のP15,000(約3万円)を支払っただけでした。
17. マルコ・アトウレロ Marco Atrero 、53歳、キャンデラリア (Candelaria) 都市部、ザンバレス州出身。乾ドッグ No.6で2008年6月20日死にました。
18. アルヴィ・マヒナイ Arvy Mahinay 、19歳、Pasig市の居住者、2008年8月6日、落ちているヘルメットを取りに行こうとして、工事中の避難所の屋根から落ちました。
19. エフレン・デラクルース Efren de la Cruz 23歳、アルマセン(Almasen)、エルモサ(Hermosa)、バタアン州出身。下請け企業UT Constructionの4人の他の労働者と共に、動力で動く道具を使用している造船所のMotor Pool(U-Ditch Area)で働いている時、突然、感電死しました。2008年8月12日でした。
20. ベンジー・ガモロ Benje Gamolo、31歳、タタロン(Tatalon)、ケソンシティー居住者。ガモロは、Subic Hansung社(公認のHanjin下請け企業)の指示監督のもとで、構造建設者として造船所で働いていました。 2008年7月16日フィリピン・スター紙、ディング・セルバンテス署名記事参照。
21. フィリップ・メンドーサ Philip Mendoza、40歳、カスティレオス(Castillejos)、ザンバレス(Zambales)州出身。機械装置部門。 2008年11月20日、韓国人が運転するトラックが、金属に衝突し、その金属がメンドーサに落ちてきました。
22. ホセ・ヴェナー・ギルJose Vener Gil、2008年11月26日死亡。ホセ・ヴェナー・ギルは、2006年後半から仕事関連の事故において15人の死をもたらしたと、Pyeong Jong Yu(ハンジン社ゼネラルマネージャー)が木曜日の電話インタビューで語りました。
23. ラドン・デルロサリオ Raldon del Rosario、19歳、Kalinga Apayao 出身。溶接・粉砕・切断などが行われている組立Aセクションで午前8時ごろに、800キログラムのキャンバスドアが彼に襲いかかり、彼の頭がコンクリートの床に押しつけられ、広範囲に及ぶ頭部外傷を負ってデルロサリオは即死しました。
24. チョイ・ドン・バエク Choi Dong Baek、造船所の組立工場Cの51才の監督。バエクは、2006年に操業を始めて以降、造船所で死んだ二人目の韓国人です。Arrezaによると、もう一人はマラリアで死んだと説明しました。
上記24名は、ハンジン労働組合が把握している死亡事故・死亡者数です。ハンジン社は、上記のうち17のケースだけを認めています。しかし一方、他の幾人かは、死亡事故は34件より多いと報告しています。
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