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日高栄三郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
日高栄三郎
ひだか えいざぶろう
生年月日 1870年1月23日
出生地 日本の旗 日本 日向国(現宮崎県)
没年月日 (1943-03-18) 1943年3月18日(73歳没)
前職 漁業家
配偶者 日高竹子
親族 義父・三島通庸(栃木県令)
義兄・牧野伸顕(内大臣)
義弟・日野資秀(貴族院議員)
義兄弟・三島彌太郎(貴族院議員)

在任期間 1903年1月6日 - 1918年9月28日

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日高 栄三郎(ひだか えいざぶろう、1870年1月23日明治2年12月22日[1]) - 1943年昭和18年)3月18日[1][2])は、明治から昭和時代前期の政治家漁業家貴族院多額納税者議員

経歴

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日高亀市の長男として日向国(現宮崎県)に生まれる[1]。東京の水産伝習所で学んだ後、郷里に帰り赤水浦で父と共にブリ漁を経営する[1]。大敷網の改良に努め、1910年(明治43年)日高式大謀網を完成させる[1]

宮崎県会議員を務めたのち[1]1903年(明治36年)宮崎県多額納税者として貴族院議員に互選され、同年1月6日[3]から1918年(大正7年)9月28日まで在任した[2]

その他、大日本水産会理事、宮崎製氷取締役、日本酒造監査役などを務めた[4]

親族

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脚注

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  1. ^ a b c d e f 上田ほか 2001, 1561頁.
  2. ^ a b 衆議院、参議院 編 1960, 210頁.
  3. ^ 『官報』第5851号、明治36年1月7日。
  4. ^ 『大正人名辞典 第3版』1648頁。

参考文献

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  • 東洋新報社編『大正人名辞典 第3版』東洋新報社、1917年。
  • 衆議院、参議院 編『議会制度七十年史 第1』大蔵省印刷局、1960年https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3034963 
  • 上田正昭ほか 監修『講談社日本人名大辞典』講談社、2001年。ISBN 4062108496