「スマホは手軽に持ち運べるデバイスである」──そんな常識は、もうとっくに過去のものだ。2045年、スマホは30インチ・10kgにまで肥大化し、街を行く人々は皆、それを背負っている。そう、もはやスマホではない。「iRock」 だ。
「革新」とは名ばかりのこの巨大デバイスは、全面タッチスクリーン、8Kディスプレイ、量子プロセッサ、AIアシスタント、超高性能バッテリーを搭載。スペックだけ見れば夢のような端末だ。だが、それを使うにはまず、自らの肉体を鍛えることから始めなければならない。 負荷軽減設計の「肩掛けベルト」が標準装備されているが、結局のところ10kgの岩は10kgの岩でしかない。ベルトは肩に食い込み、腰は悲鳴を上げ、階段を登るだけで息が切れる。満員電車ではスペースを取りすぎて乗客から冷たい視線を浴び、改札を通るたびに引っかかる。朝の通勤ラッシュを生き抜くには、スマホの操作よりもまず筋力が必要になった。
それでも人々は背負う。「お前のiRock、まだ12kg? 俺のは14kgだけど」 そんなスペックマウントが日常化し、「スマホがどれだけ便利か」ではなく「どれだけの重量に耐えられるか」がステータスになった。街には背中に巨大な黒い板を揺らしながら歩く人々が溢れ、その表面には無数の通知が浮かび、AIアシスタントが「あなたのスケジュールです」と延々と語りかけている。タッチ操作? もちろんできる。ただし、立ち止まってスマホを背中から降ろし、両手で構えないと操作は難しい。 だからこそ、装着中は基本的に音声操作が推奨されており、街中では「Siri、次の会議は?」と叫ぶサラリーマンがあちこちにいる。
かつて「利便性の象徴」だったスマホは、ついに「苦行」へと変貌した。だが、そんな人々の横を、悠々と歩く者がいる。腕に巻かれているのは、CASIO F-91W。 たった21gの軽さ、約7年持続するバッテリー、時刻表示、アラーム、ストップウォッチ、LEDライト。何のストレスもなく、充電の手間すらない。いや、そもそも「手間」という概念が存在しない。
「未来」を背負う者たちと、時刻を知るだけで満足する者たち。どちらが本当に「進化」したのか。答えは、肩の負担が物語っている。