選択的夫婦別姓を巡る国会議論がじわり本格化しつつある。導入を目指す立憲民主党などに対し「家族の一体感」を重視する自民党の保守系議員は慎重姿勢を維持。長年の宿題に国会はどう取り組むべきか、専門家3人に見解を聞いた。(共同通信=川嶋大介、三野多香子)
▽「旧姓で判事を務めたい」最高裁に拒否されたショック、今も鮮明―元最高裁判事の桜井龍子さん
夫婦は同じ姓とする民法の規定を「合憲」とした2015年の最高裁判決で、私を含む女性裁判官3人は「違憲だ」と反対意見を出した。当時、男性裁判官の多くは「同姓になることの何が問題なのか」とピンときていない様子だった。なんとか一石を投じたかった。
私自身、結婚後も名乗っていた旧姓の「藤井龍子」で判事を務めたかったが、最高裁に拒否された。ショックと不快感は今も鮮明だ。判事を退いた後、旧友に「桜井龍子ってあなただったの。知らなかった」と驚かれた。
退官後の2021年に出た最高裁判断も「合憲」の結論は変わらなかった。ただ、補足意見で「事情の変化によっては違憲の評価もあり得る」と踏み込んだ。将来、判断を見直しやすいよう布石を打ったのではないか。
▽夫婦別姓を認めない法制度、家族の形に合わせることが重要だ
2015年判決からまもなく10年となり、夫婦別姓を認めない法制度と現実との摩擦はさらに大きくなった。旧姓を名乗ってグローバルに活躍する女性は増えたが、国際的な契約では通用しない。離婚や再婚が増え、その都度姓を変更すれば、プライバシーを開示させられるようで問題だ。
最高裁は再三、国会に制度の検討を求めてきた。課せられた宿題を国会がこのまま放置すれば、次は「違憲」の判断になる可能性は十分ある。
重要なのは多様化する家族の形に法制度を合わせることだ。選択的夫婦別姓制度を導入するか否かの2択ではなく、夫婦が自分たちに合った形を選べるよう、別姓制度と旧姓の通称使用拡大の法整備を同時に進める方法もある。議員には柔軟な発想を求めたい。
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さくらい・りゅうこ 1947年福岡県生まれ。旧労働省で藤井龍子として女性局長などを歴任。2008~17年、最高裁判事を務めた。
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夫婦別姓を巡る最高裁判断 2015年12月、夫婦が同じ姓を名乗ると定めた民法の規定が憲法に違反するかどうかが争われた訴訟で、最高裁は「家族が一つの姓を名乗るのは合理的で社会に定着している」として合憲の初判断を示した。女性裁判官3人は「結婚の自由を制約する」と反対した。21年6月にも最高裁は合憲と判断し「国会で議論されるべきだ」と促した。
▽姓がばらばらの家族が出てくれば、一体性の原則崩壊―日本大名誉教授の百地章さん
夫婦同姓制度は明治期から130年近く続く。最近の学説では、江戸時代も庶民が非公式に姓を名乗り、夫婦は同姓だったとされる。夫婦同姓は日本人が長く大切にしてきた伝統だ。
昨秋の衆院選で与党を過半数割れに追い込んだ余勢を駆り、立憲民主党などが選択的夫婦別姓の導入を急いでいる。家族の根幹に関わる制度を一時の勢いで変えてしまうのは愚行と言うべきだ。自民党は安易に流されず、毅然(きぜん)として対応してほしい。
「選択的」であれば、別姓制度を導入しても伝統は壊れないという意見は短絡的だ。夫婦や子どもの姓がばらばらな家族が出てくれば「姓は家族の一体性を表す」という原則が崩壊する。姓が個人を表す記号でしかなくなり、家族の一体感や先祖を敬う気持ちは薄まる。
▽旧姓の通称使用拡大、法律や国が後押しを
大きな問題が、子どもの姓の扱いだ。父母どちらの姓を引き継ぐか出生時に決める場合、父母が争ったらどうするのか。家庭裁判所に委ねようにも、合理的な判断材料はないだろう。氏名が宙づりになり、子どもの尊厳を脅かす恐れがある。別姓推進派が解決策を示しているようには見えない。
旧姓の通称使用拡大で不便を解消する方が妥当だ。法的位置付けが曖昧な現状を改め、法律で使用の権利を担保すればよい。地方自治体や企業が推進する責務も定め、より旧姓を使いやすくなるよう国が後押しする必要もある。
トランプ米大統領の再登板で流動化する国際情勢への対応や、台湾有事への備え…。選択的夫婦別姓制度より優先すべき問題は山積している。こうした難題にこそ国会は向き合うべきだ。
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ももち・あきら 1946年静岡県生まれ。専門は憲法学。国士舘大名誉教授でもある。
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旧姓の通称使用 政府は2020年の第5次男女共同参画基本計画で「婚姻により改姓した人が不便さや不利益を感じないよう、旧姓の通称使用拡大や周知に取り組む」と規定。マイナンバーカードや運転免許証、パスポートで旧姓を併記できる。ただ旧姓の使用を認めない企業も少なくないとされる。海外では旧姓が理解されず、偽名を疑われるケースもある。
▽今も使われる「入籍」「嫁」、男女の生きづらさを生む上下の思想―社会学者の森山至貴さん
日本で婚姻届を出した夫婦のうち女性の改姓率の方が圧倒的に高いのは、家父長制の影響によるものだ。家制度はなくなったのに「入籍」や「嫁」という言葉が今も使われている。男性に養われる女性は男性あるいは男性の実家が好きに扱ってよいという考え方がまだうっすらと残っているからこそ、女性の改姓が当然だと思われているのだ。
逆に男性が姓を変えると女性の尻に敷かれたと思われるのも問題だ。男性が「上」で女性が「下」という思想は男女の生きづらさを生んでいる。
選択的夫婦別姓は、そんな思想を私たちの社会は認めないと確認する制度だ。
▽「子の姓が何であれ、差別されない国にする」政治家は明言を
夫婦別姓を望む女性は自分の意思や希望に基づき自由に生きる権利を守ろうとしているだけだ。その自由に反対する人は時に「伝統」を論拠にするが、家制度は男女平等や、個人の尊厳を重視するという理念に反しているという理由で既に廃止されている。「伝統」に問題があったから家制度が廃止されたことを謙虚に受け止めるならば「伝統」は理由にならないことに気付けるはずだ。
日本にも別姓で生活する家族が既に大勢いる。同姓でないと家族の一体感が損なわれるという考えは、こうした家族の一体感を軽視し、冒瀆(ぼうとく)してさえいる。
親やきょうだいと名字が違うと差別されるから同姓を義務付けるという論理も、全く筋が通っていない。別姓夫婦の子を差別の対象に仕立て上げ、それを追認するように別姓を避けるべしと考えさせるのは差別のマッチポンプだ。「子の姓が何であれ差別されない国にします」と言い切らない政治家に、夫婦の姓を議論する資格はない。
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もりやま・のりたか 1982年川崎市生まれ。早稲田大教授。
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男女共同参画基本計画 性別に関係なく活躍できる社会の実現に向け、政府の取り組みをまとめた中長期計画。2020年に第5次計画が閣議決定された。当初案には選択的夫婦別姓に前向きな記述が盛り込まれたが、自民党の反対派の主張を受け「夫婦別姓」の文言自体が削除された。「国会議論の動向を注視しながら、司法の判断も踏まえ検討する」とした。