害獣
害獣(がいじゅう)とは、人間活動に害をもたらす(獣害を引き起こす)哺乳類に属する動物一般(獣=けもの)を指す言葉である。人間の多い地域では、家畜などの飼育動物以外はほとんどがこれに含まれる可能性がある。
概要
編集哺乳類から受ける人間の被害には、下記のように様々なものがある。そのため、場合によっては地域のあらゆる哺乳類はその名を挙げられる可能性がある。
- 人間が肉体的被害を受けるもの
- ヒグマ[1][2]、野良イヌ、イノシシ[3]、ニホンザル[4]、トラ、ライオン、ヒョウ、ゾウなど。
- 農作物が被害を受けるもの
- ニホンジカ[5]、ニホンザル、イノシシ、ゾウ、アライグマ、ヌートリア、ハクビシンなど。
- 家畜や養殖魚などが被害を受けるもの
- オオカミ、タヌキ、キツネ、イタチなど。
- 芝生が荒れるなど景観の被害
- モグラなど。
- 糞尿による汚染
- コウモリ、犬、ネコなど。
- 家屋被害、病原体の媒介
- ネズミなど。
害獣とされる動物も一方で、イタチは糞尿の悪臭や農業被害を出してしまう反面、家屋に被害を引き起こすネズミの天敵でもあり、ネズミを駆除してくれる益獣という側面も併せ持ち[6]、イタチがやって来るとネズミによる被害は途端に止む。コウモリも糞尿で迷惑を掛ける反面、一晩で多数の虫、特に蚊やゴキブリを好んで捕食してくれるという側面があり[7]、鳥獣保護法でも益獣に指定され保護されている。他にもアイルランド以外のヨーロッパ全域に生息しているヨーロッパモグラのように、地下に穴を掘って土壌に酸素を供給したり害虫を抑制する働きが認められていながら、害獣として常に駆除の対象となってきた動物もいる[8]。
このように、生物は捕食関係などを通じて相互に生態系のバランスを取っており、全体で地域の自然環境を形成している。「害獣」と称して特定の生物の数を極端に減らしたりすれば、必ず生態系のバランスが崩れる。日本国の事例として、人間がニホンオオカミを害獣として絶滅させた結果、天敵がいなくなった山林でシカが増え続け、ついに令和3年度には森林被害の約70%を占めるに至り、被害額は毎年56億円に上る深刻な状況となっている[9]。本質的には人間が「害獣」「益獣」と単純にレッテルを貼ることができるような話ではなく、むしろ地域の様々な生物が緊密に繋がり合って構成されている生態系という大きな視点で見た場合には、地域の自然環境を形成する生物たちを人間側の都合だけで勝手に分類する極めて自己中心的な物の考え方だとする見かたもできる。
基本的に獣の側が人間の生息域に出現することで被害が顕在化することが多いが、そもそも人間側が原因である環境破壊により生息地の餌資源不足、生息地そのものを失ったことで人間の住む地域に野生動物が現れるようになったといった事実[10]や、アライグマ、マングース、チョウセンイタチ、キョン、ヌートリア等のように本来の生態系には存在しないはずの動物(外来生物)を人間が持ち込んだことが要因である場合もあり、それらの場合は鳥獣害などではなく、もはや人災であるともいえる。また、人間の側も山村の過疎により、獣を撃退する猟師不足の為に充分な対処ができずに状況が悪化することも多い。
日本では、害獣の肉を動物園の大型肉食獣の餌として与える「屠体給餌」が模索されている[11][12][13]。飼育動物にとっては環境が自然界に近くなるメリット、人間側にとっては害獣の遺体を焼却や埋没処分する倫理面、そしてハンターの心理的負担面を改善できるメリットがある[14]。
害獣対策
編集動物を畑や道路、鉄道に近寄らせないように、電気柵、嫌がる臭いや音(高周波、低収音)、光、動物駆逐用煙火などが利用される[15][16][17][18]。
動物ごとに対処が異なり、イノシシよけに、クレオソート油、木酢液、オオカミなどの猛獣の糞尿、イノシシの体液などは効果がない[19]が、オオカミの尿には一部の動物(サル[20]や鹿[21])に忌避効果があるとされる。
- クマ
- クマよけスプレーや、大きな音を出すラジオ、鈴などが使われる。
- サメ
- 効果が疑問視されているがシャークシールドという電場によって近寄らせない方法[26]や、化学生態学的にサメが近寄らなくなるサメ忌避剤などがある。カレイの仲間のウシノシタという魚類は、サメを忌避させる物質を分泌する[27]。
鳥よけ
編集農作物や公共衛生を害する害鳥を寄せ付けないように、音や姿で鳥を寄せ付けない工夫の総称を鳥威し(とりおどし)という。
案山子、コンパクトディスク(CD)などが使われる。鳥が留まって困る場所には、物理的な鳥除けスパイクが設置される。また、畑全体に防鳥網(鳥よけ網)を設置する場合もある[30]。
CDなどの脅し効果は、最長でも1日程度で効果を失うため、小まめに設置場所や、使うものを変えるなどの細工が必要であるという指摘がされる[31]。
出典
編集- ^ 北海道ニュースUHB 2021.06/28「死ぬかと思った」市街地でヒグマが大暴れ「後ろから襲われ引きずられた」…捜索から駆除までの一部始終【動画】
- ^ 文春オンライン「イオンと小学校の間の茂みにいる!」体重158kgのヒグマは歩行者を引きずり倒して攻撃を加え…〈札幌4人襲撃事件〉
- ^ NHKニュース 2022.11/09「イノシシに襲われ小学生含む6名負傷 車とぶつかる事故3件も」
- ^ NHKニュース 2022.07/24「サルに襲われ8人負傷 被害者38人に 麻酔銃で捕獲へ 山口市」
- ^ 林野庁「野生鳥獣による森林被害 森林における鳥獣被害の概況」
- ^ マイナビ農業「イタチの効果的な駆除方法とは? その生態や侵入させない被害防止対策も紹介」
- ^ 到津の森公園 2003.09/03「獣医さんのお仕事 益獣の子育て」
- ^ Tracey Greenwood, Kent Pryor, Richard Allan『ワークブックで学ぶ生物学の基礎 第2版』2011年、251頁
- ^ 林野庁「野生鳥獣による森林被害 森林における鳥獣被害の概況」
- ^ mirasus 2021.08/01「森林破壊は具体的に何が問題?地球や動物、人類に与える影響について」
- ^ “ジビエ、野性呼び覚ます 駆除肉を猛獣の餌に 福岡・大牟田市動物園”. 毎日新聞. 2020年4月7日閲覧。
- ^ “【ひと】「屠体給餌」に取り組む大牟田市動物園の飼育員 伴和幸さん”. 西日本新聞ニュース. 2020年4月7日閲覧。
- ^ “定期開催決定! 駆除されたシカを猛獣に給餌|豊橋総合動植物公園からのお知らせ|豊橋総合動植物公園”. www.nonhoi.jp. 2020年4月7日閲覧。
- ^ “動物園のライオンの餌に害獣の駆除個体を与える深い意味(田中淳夫) - Yahoo!ニュース”. Yahoo!ニュース 個人. 2020年4月7日閲覧。
- ^ “シカ寄らないで…急増する列車衝突対策に「ライオン糞のにおい」「スズメバチの羽音」”. 読売新聞オンライン (2022年2月15日). 2023年7月6日閲覧。
- ^ “列車と動物の衝突防げ キョンの嫌がる高周波音装置 いすみ鉄道 「鹿ソニック」応用、共生目指し実証実験”. www.chibanippo.co.jp. 2023年7月6日閲覧。
- ^ 和気町の森林公園に「鹿ソニック」「いのドン」を試験設置/高・低周波でシカやイノシシを撃退 岡山理科大学
- ^ “列車と動物の衝突、「害獣王」で防げ ヒトデも効果あり:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞デジタル (2019年5月24日). 2023年7月6日閲覧。
- ^ “匂い及び猛獣糞などに対するイノシシの行動”. www.naro.go.jp. 2023年7月6日閲覧。
- ^ “高速道サル害対策に、狼の尿が効果”. レスポンス(Response.jp) (2009年7月6日). 2023年7月6日閲覧。
- ^ Osada, Kazumi; Miyazono, Sadaharu; Kashiwayanagi, Makoto (2015). “The scent of wolves: pyrazine analogs induce avoidance and vigilance behaviors in prey”. Frontiers in Neuroscience 9. doi:10.3389/fnins.2015.00363/full. ISSN 1662-453X .
- ^ “猫が庭などに入らないようにする方法:久喜市ホームページ”. www.city.kuki.lg.jp. 2023年7月6日閲覧。
- ^ “猫による被害にお困りの方へ”. 東大阪市. 2023年7月6日閲覧。
- ^ “Cat-astrophic feline deterrent” (英語) (2002年4月3日). 2023年7月6日閲覧。
- ^ “猫が来なくなる方法とは?糞尿被害対策・重曹を使った庭の猫よけなど”. [猫] All About (2022年7月21日). 2023年7月6日閲覧。
- ^ “サメを遠ざけるシステム「シャークシールド」は効果なし?”. GIGAZINE (2008年3月14日). 2023年7月9日閲覧。
- ^ 橘, 和夫、中西, 香爾、Gruber, S. H.「72 紅海産ウシノシタ(Moses sole)のサメ忌避物貭」1985年、doi:10.24496/tennenyuki.27.0_545。
- ^ “Australian firm develops 'shark-proof' wetsuits” (英語). BBC News (2013年7月18日). 2023年7月6日閲覧。
- ^ “「サメよけウエットスーツ」豪企業が発売、有毒動物まねた縞模様モデルなど”. www.afpbb.com (2013年7月19日). 2023年7月6日閲覧。
- ^ “茨城)コウノトリ、防鳥網に絡まる 茨城・小美玉で保護:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞デジタル (2018年8月29日). 2023年7月6日閲覧。
- ^ “カラスよけ 続かぬ効力 「長くて1日」→場所や道具を小まめに変えて / 日本農業新聞公式ウェブサイト”. 日本農業新聞公式ウェブサイト (2023年7月6日). 2023年7月6日閲覧。
- ^ “市民の声 合浦公園の鳥の鳴き声について”. 青森市 www.city.aomori.aomori.jp. 2023年7月6日閲覧。
- ^ “飛び回る鷹型の凧で鳥害防止 新たな田園風景に/台湾・台東 - フォーカス台湾”. フォーカス台湾 - 中央社日本語版. 2023年7月6日閲覧。
- ^ “令和2年6月号伝統的な仕事誇りに活躍 鷹匠(たかじょう)田中和博さん(48歳)”. www.city.neyagawa.osaka.jp. 2023年1月9日閲覧。
関連項目
編集- 獣害 - 獣(けもの)による被害
- 衛生害獣
- 害虫
- 特定動物
- 鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律
- 野生動物管理
- 猟友会
- 特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律
- 世界の侵略的外来種ワースト100
- 日本の侵略的外来種ワースト100
- 最も人間を殺している生物のランキング
- 害獣狩り
- 殺生物剤 バイオサイド、殺鳥剤、殺鼠剤、殺虫剤、殺魚剤
- 動物裁判 - 神事などによって害虫などが作物につかないよう願った。
外部リンク
編集- 環境省自然環境局野生生物課鳥獣保護業務室. “野生鳥獣の保護管理 ~人と野生鳥獣の適切な関係の構築に向けて~”. 2013年11月30日閲覧。