新古今和歌集。中国から伝わってきた漢字によって、日本の文字は発展した Photo by: Sepia Times/Universal Images Group via Getty Images

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クーリエ・ジャポン

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Text by Testsuji Atsuji

私たちが何気なく使っている漢字は、世界的に見ても独特な歴史と特徴を持つ。「文字学」の観点から考えてみれば、その奥深さは他に類を見ないほどだ。

※本記事は『日本人のための漢字入門』(阿辻哲次)の抜粋です。

「研究」にぴったりな文字


人間が口で話すことばを紙などに記録する記号システムが文字であるとすれば、その研究は言語学に属するテーマとなるはずである。ところが言語学はヨーロッパやアメリカで生まれ、発達してきた学問だから、文字にはきわめて冷淡で、研究がほとんどおこなわれてこなかった。

少なくともこれまでの言語学では語彙や語法、あるいは音韻や方言の研究などと比較して、文字学がかなりマイナーな分野と位置づけられてきたことは、まちがいのない事実である。

だがそれは当然のことであった。欧米で文字といえば、ふつうラテン文字(ローマ字)またはキリル文字(ロシア語などに使われる文字)を指し、どちらも表音文字である。表音文字は口から発せられる言語の音声をつづって記録に定着させるための記号であって、それぞれの文字には固有の意味がない。

具体的にいえば、英語の〝cat〟と〝cap〟という単語は見かけが非常に似ているが、しかし単語の最初にある《c》から共通の意味を抽出することはできない。だから表音文字は言語を構成する音声が投影されただけの影法師にすぎず、個別の文字をいくら研究してみても、そこから言語にかかわる諸相を考察することは不可能である。

表音文字では《B》とか「マ」といった文字だけをいくら研究したところで、そこから得られる成果はほとんどなにもないから、表音文字は「研究」という行為になじまない。だからエジプトやメソポタミアなどで使われた古代文字を解読する研究などを別とすれば、文字そのものを研究対象とするには、まずその文字が表意文字でなければならないという前提がある。

よく知られているように、ラテン文字もそのルーツであるフェニキア文字の段階では表意文字だったが、しかし早い時期に他の言語の表記に使われるようになって、表音文字としての道を歩みはじめた。そして現在の世界で使われている文字は、アラビア文字やキリル文字、ハングル、そして日本の仮名など、ほとんどが表音文字である。

そう考えれば、文字学という学問が成立する基盤など現在の世界にはほとんど存在しないように思われるかもしれない。ところがじつは、私たちにとって非常に身近なところに、文字として研究に価する絶好のターゲットがある。それはほかでもなく、漢字である。(続く)

『日本人のための漢字入門』

この記事はクーリエ・ジャポンの「今月の本棚」コーナー、3月の推薦人の三宅香帆がオススメした『日本人のための漢字入門』からの抜粋です。Web公開にあたり、見出しを追加しています。


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第2回では、漢字の「生まれ故郷」である中国ではかつて、どのように文字の研究がされていたかを見ていく。

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