将棋だけだった僕、君がいてくれて僕は変われた 七段・千葉幸生
将棋棋士・千葉幸生七段(43)は12日、第81期名人戦・順位戦C級1組2回戦の黒田尭之五段(25)戦を迎えた。デビュー5年目で参戦したC級1組は今期で19期目。今、何を思いながら、何を見つめながら戦い続けているのだろうか。
6月30日、夜。
東京・将棋会館「特別対局室」。
千葉幸生七段は羽生善治九段との死闘の渦中にいた。
棋王戦挑戦者決定トーナメント1回戦。前局で通算1500勝に到達した伝説との勝負は、中継映像を見守る人々の心を強く動かしたであろう熱局になった。
「羽生さんは私たちの世代にとって特別なスーパースターですからね。でも、指せることが感慨深いとか、特別な気合が入ったとか、というわけでもないですけど」
前へ。千葉は難解な選択を求められる局面を迎える度、一貫して果敢な手を指して羽生を追い込んでいく。
「リードして、もう少しではっきりと勝ちになるのに……突き放されてはくれない。羽生さんの強さでした」
最終盤。千葉優勢のまま、双方とも持ち時間のリミットが迫る。中段で逃走を図る羽生玉を仕留めるため、1分将棋になるまで考えて決断した千葉の一手が敗着になる。
「行けそうだな、と感覚的に思って読み切れないまま踏み込んでしまいました」
一瞬の隙を突かれ、反撃に転じられて逆転負け。修業時代から仰ぎ見た伝説を破っての16強進出はならなかった。
「勝てていたら手応えのある将棋として印象に残るものになっていたのかもしれません。でも……」
感想戦を終えた午後9時、将棋会館を出る。駐輪場に止めていた自転車にまたがり、近くの自宅へ。普段と変わらない時間だが、負けた時は左右のペダルを漕(こ)ぎながら思う。
「もうちょっと」
「あとちょっとなのに」
苦い余韻の中、家族の待つ自宅に着く。
「家に着いたら、妻と上の娘がケンカしているわけです。私の対局の中継映像も全然見ていなかったとかで。で、一気に切り替えられました(笑)。娘の愚痴を1時間くらいは聞いていましたね。『ママがね……』って」
世間一般の父親には、娘が中1ともなると微妙な距離を置かれてしまう人も多いが、千葉家は違う。
ずっと将棋が一番だと思っていた。子供が生まれてから優先順位が変わった。淡々と努力して、良い将棋を指すことに価値がある、と。世話するのが大変だけれど、かわいい次女。千葉七段は言う。「子供に教えられたことは、生きることの素晴らしさ、なのかもしれない」
「まだ、いちおう『パパ~』…
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