


南極海のヒョウアザラシ
記事の筆者と写真家が、取材現場から報告する「最高の経験」、「最悪の体験」、そして「最も風変わりな思い出」。
|



本誌に載らなかったオンラインだけの写真。撮影条件も紹介します。
|

|
|
ペンギンを一撃で仕留める南極海随一のハンター、ヒョウアザラシ。体長3.6メートル、体重450キロ以上におよぶ巨体を誇り、食物連鎖の頂点に君臨する捕食者を、水中写真家が3週間にわたって取材した。
|
ヒョウアザラシは、世界各地に生息するアザラシの仲間で唯一、食物連鎖の頂点に君臨する捕食者だ。体長3.6メートル、体重450キロ以上におよぶ巨体だが、ペンギンなどの獲物を求め、浮氷の縁に沿って驚異的なスピードと俊敏さで泳ぐ。
昔の探検家たちが「海の豹」と呼んだこの海獣を「獰猛で美しく非情な獣」と評したのは、フランク・ウォースレーだ。1914年に南極大陸に挑んだ英国の探検家アーネスト・シャクルトン卿のもとで、エンデュアランス号の船長を務めた男である。ヒョウアザラシという名は体表の模様に由来し、「淡い黄褐色の外皮には一面に茶色の斑紋が散っている」とウォースレーは記している。
ヒョウアザラシは南極大陸の周辺に最も多く生息し、北はオーストラリア、南米、南アフリカの沿岸などでも目撃されている。夏になると南極海では、ペンギンの大きな繁殖コロニーに接する浅い海にヒョウアザラシが潜み、生まれて初めて海に入るヒナたちを待ち伏せる。その食事のメニューは驚くほど多彩で、ペンギン、ほかのアザラシやオットセイの子供、魚、イカ、オキアミなど、捕れるものなら何でも食べる。
長年にわたってヒョウアザラシを追いかけてきたスウェーデンの映像作家、ゴラン・エルメはこう語る。「本物を初めて目の当たりにしたときは、怖かった。大きな頭、大きな口、陰険な目つき。氷のような海の冷たさが、さらに恐怖に拍車をかける。この仕事を本当に続けたいかどうか、ウイスキーを1本空けてから寝床でじっくり考えたよ」
エルメはそれまでにも様々な話を聞いていた。シャクルトンの乗組員の一人、トマス・オーデリーもヒョウアザラシに襲われたという。海氷の上をスキーで滑走中に、浮氷の間から突然現れたヒョウアザラシが、ヘビのように身をくねらせて突進してきたのである。
追いつかれまいと懸命に逃げると、再び海に飛びこんだアザラシは、氷を透かして見える人影を頼りに水中から先回りし、行く手に姿を現した。きびすを返したオーデリーが大声で助けを呼び、駆けつけたシャクルトンの副官フランク・ワイルドが撃ち殺すまで、アザラシの執拗な追跡は続いた。
2003年7月には、南極半島でシュノーケリングをしていた28歳の海洋生物学者カースティ・ブラウンが海中に引きずりこまれて溺死するという痛ましい事故が発生し、ヒョウアザラシの悪評はいちだんと高まった。それまで、ヒョウアザラシがゴムボートに穴を開けたり、人間に時折ちょっかいを出したりすることはあっても、人命を奪った事例は一つも知られていなかった。
ヒョウアザラシは好奇心が強いのだと、エルメは言う。「人は遭遇した瞬間の恐ろしさから、動物のことを判断しがちだ。だが、私はダイバーたちに、アザラシが怖くなったら、いったん目を閉じてみるように勧めている。すぐ近くまで寄ってくるが、かみつかれることはまずない、とね」。写真家のポール・ニックレンがエルメの助言に従ってみると、南極海のヒョウアザラシはすぐ目の前まで寄ってきて、獲物のペンギンを丸ごとくれたり、その場で引き裂いた肉片を差し出してきたという(南極研究基地では現在、研究者以外の一般人には、ヒョウアザラシを見かけたら潜水を中止し、ただちに水から上がるよう勧告している)。
ヒョウアザラシをはじめ野生動物のことを知るには、その住み処をそっと訪れて、真の素顔に触れるしかない。そうすれば、このアザラシと同じく頂点に立つ捕食者であり、好奇心に満ちた、私たち人間という存在への理解も深まるはずだ。

|
今回の特集に関してもっと知りたい方に、参考となる情報を提供します。

|

|

|
ヒョウアザラシは、他のアザラシの仲間と同様、エサのほとんどを水中での狩りでまかなう。獲物を狙って長時間泳ぐ際、彼らは酸素を一切取り込まない。魚と違って、アザラシにはエラがなく、水から酸素を取り込むことができないのだ。水中で呼吸こそできないものの、アザラシはかなり大量の酸素を血液と筋肉に蓄える能力をもっている。実際、体重比で見ると、アザラシは人間の3倍もの酸素を体内に蓄えることができるのだ。つまりヒョウアザラシは、ほぼ10分近く息をせずにいることが可能なのだ。他のアザラシの種のなかには、1時間以上も水中にいたという記録を持つものもいる。
水中での狩りには、この他にも難題がある。水が肺に入り込むのを防ぐ方法を講じなければならないのだ。アザラシが海に飛び込むと、水圧で鼻の穴が自動的に閉じる。獲物を食べるために口を開けたときには、舌と軟口蓋(口腔と鼻腔を分離している口腔上壁の後方の柔らかい部分)が口の奥をふさいで、肺に水が入るのを防ぐようになっている。
――サラ・クリフ
|
 |
 |
|

|

|

|
|
|