相良八重
相良 八重(さがら やえ、1913年11月27日 - 1967年4月29日)は、日本の元陸上競技選手である。ロサンゼルスオリンピック日本代表。田中英光の小説「オリンポスの果実」のヒロイン、“熊本秋子”のモデルとして知られる。身長166cm、体重55kg[1]。
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選手情報 | ||||
フルネーム | 相良 八重 | |||
国籍 | 日本 | |||
種目 | 走高跳 | |||
所属 | 日本女子体育専門学校 | |||
生年月日 | 1913年11月27日 | |||
生誕地 | 千葉県 | |||
没年月日 | 1967年4月29日(53歳没) | |||
身長 | 166cm | |||
体重 | 55kg | |||
自己ベスト | 走高跳:1.50m(1932年) | |||
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経歴
編集千葉県生まれ、高知市土佐市育ち。日本女子体育専門学校(現・日本女子体育大学)出身[2]。
女子体専在学中の1932年、第19回日本陸上競技選手権大会の女子走高跳で優勝し、同年のロサンゼルスオリンピックでも女子走高跳に出場した[2][3][4][5]。この種目には6つの国から10人の選手が出場して、予選なしの決勝のみで実施された[4]。結果は10人中の9位(1m46cm)に終わる[4][5][注釈 1]。
女子体専卒業後、招かれて広島県三次市の三次高女(現・広島県立三次高等学校)の体育教師として赴任した。1935年に一年のみ同校の音楽教師として在籍した加藤芳江(二葉あき子)と仲良しだったという[1]。1940年、当地の名門前田家に嫁ぐ。
1966年に心臓発作を起こして静養していたが、一年後の1967年4月29日、どしゃぶりの朝、市議選の投票会場の渡り廊下で突然つまずき、そのショックで崩れるように倒れ、抱きとめた夫の腕の中で息をひきとった[1]。
脚注
編集注釈
編集- ^ 英語版ウィキペディア(Athletics at the 1932 Summer Olympics – Women's high jump)16 December 2011 at 13:46及びSportsReferenceでは、相良の記録を1m50cmとしている。
出典
編集- ^ a b c サンデー毎日、1979年6月3日号、136~140頁
- ^ a b OG列伝 1930-1970年代 アーカイブ 2013年1月4日 - ウェイバックマシン ニチジョ体育.com 2012年1月14日閲覧。
- ^ 日本陸上競技選手権大会 過去の優勝者 女子走高跳 アーカイブ 2012年7月6日 - ウェイバックマシン 2012年1月14日閲覧。
- ^ a b c Athletics at the 1932 Los Angeles Summer Games:Women's High Jump[リンク切れ]Archived 2020年4月17日, at the Wayback Machine. 2012年1月14日閲覧。
- ^ a b 広島県出身の歴代オリンピック代表選手 広島県立総合体育館スポーツ情報センター 2008/08/25 2012年1月14日閲覧。
外部リンク
編集- 相良八重 - Olympedia
- 相良八重 - Sports-Reference.com (Olympics) のアーカイブ
- 相良八重の写真 2012年1月14日閲覧。
- 高知市歴史散歩 2012年1月14日閲覧。