今年もやってまいりました、年末ジャンボベスト「海外小説編」。
今年、世界文学の事件といえば、ノーベル文学賞を、アメリカ文学界を代表してボブ・ディランが受賞したことは挙げてもいいでしょう。
発表後しばらく連絡がとれず、「受賞辞退」または「授賞スルー」なのかと思いきや、「たいへん光栄。授賞式には行けたら行くね」とコメント。ところが、実際には、お友だちのパティ・スミスを代理出席させて歌を披露させ、スピーチも代読という、前代未聞の展開となりました。
まあ、海外文学好きとしては、ドン・デリーロとか、コーマック・マッカーシーなどが受賞した方が、日陰ものの翻訳文学にも少しは光が当たって良かったかなー、とは思いますけれども、文学の閉塞状況を打ち破る慶事でありましょう。
一方、長年同賞の候補と言われたウンベルト・エーコ、シェイクスピアの独創的な翻案上演をつづけた蜷川幸雄の訃報にも、世界中に衝撃が走りました。
それでは、お勧め本を12冊ご紹介します!(番号は便宜上つけているもので、順位ではありません。書影、書名クリックでamazonに飛びます。)
(2016年日本小説ベスト12はこちら https://gendai.media/articles/-/50584)
大作家の入門に最適な強請り小説
1 マリオ・バルガス=リョサ『つつましい英雄』田村さと子/訳 河出書房新社(2015年12月20日発刊のため、今年のベストに入れています)
バルガス=リョサのノーベル文学賞(2011年)の授賞理由は、「権力の構図を暴き、個人の抵抗と敗北を辛辣に描きだした」というものでした。
ドミニカ共和国の独裁者の暴君ぶりを描いた『チボの狂宴』を初め、残忍な描写も厭わないリョサの真実追究の姿勢は、その他の小説にも見られますが、そんな陰惨さがちょっと苦手という方にも、『つつましい英雄』はお勧めです。悪に立ち向かう人々の苦闘が、巧みな話法を駆使して描かれますが、全体にポジティブな仕上がりになっています。
主人公のひとりが、ある日、蜘蛛の絵の描かれた手紙をマフィアから受けとる。このショバ代の強請りを、彼は父の遺言に従って断固はねつけます。結婚をめぐる謀略あり、出生の疑惑あり、作者得意の官能シーンありの、サスペンスフルな大人の寓話。バルガス=リョサ初読のかたもぜひ。
2 ウンベルト・エーコ『ヌメロ・ゼロ』中山エツ子/訳 河出書房新社
恐喝、強請りというつながりで、次はエーコの遺作となったこの小説を。
『薔薇の名前』、『フーコーの振り子』、そして2016年に邦訳が出た『プラハの墓地』と、一貫してマグナム級の大作を発表してきたエーコですが、遺作はスリムな本ですので、「分厚いのはちょっと……」と尻込みしていたかたにもお勧めできます。
「ヌメロ・ゼロ」(No.0)とは、新聞の創刊前のパイロット版。汚職と不正天国だったイタリアの政界に「きれいな手(マーニ・プリーテ)」と呼ばれる検察の捜査が入り始めた1992年頃が舞台です。未来を予見するインチキ誌面を後付けででっちあげ、政財界の大物たちを脅迫して金を巻きあげようというのです。
フォンターナ広場爆破、ヨハネ・パウロ一世の急逝、二世の狙撃、バチカン銀行のスキャンダル――いまも謎の多い事件を繋ぐリンクをある記者が見つけだし、一大スクープを掴んだと言いますが……。
人物のほとんどが実名で書かれており、最後までエーコの風刺爆弾の威力は衰えていません。引喩や引用に満ち、エーコらしさもたっぷりです。