2月24日夜の撮影のメインターゲットはω星団でした。
が、保険というか、何の成果も得られませんでした!!*1になるのは避けたくて、選んだサブターゲットはしし座の銀河 M105, M96, M95 のスリーショットでした。M105 はそれ自体が NGC3389, NGC3384 との三重銀河で、これらを一度に収める定番の構図です。
実は過去にスカイメモS + BLANCA-80EDT + OM-D E-M5 で撮っています。このブログを始める少し前で、振り返り記事でも紹介しそびれていましたが、こんな結果でした。
冷却CMOSでガッツリ撮るのは今回が初めてです。
22時頃から撮影開始。超低空ではダメだったガイドもこの時は絶好調でした。実はこの日たまたま SB-10 のマニュアルを読み返していて、今までずっと大気差補正をONにしていたことに気付きました。マニュアルによるとオートガイド時は大気差補正はOFFが推奨とのことで、今回からOFFに設定しました。だから好調だったというわけでもない気もしますが…
特にトラブルなく深夜 0:20 ぐらいに撮影完了。結果はこちら。
高橋 FSQ-85EDP (D85mm f450mm F5.3), フラットナー1.01× (合成F5.4) / ZWO IR-Cut Filter 48mm / Vixen SX2, D30mm f130mm ガイド鏡 + QHY5L-IIM + PHD2 2.6.13 による自動ガイド / ZWO ASI294MC Pro (Gain 150, -10℃), SharpCap 4.1.11817.0 / 露出 2分 x 52コマ, 総露出時間 1時間44分 / PixInsight 1.8.9-3, Lightroom Classic で画像処理
前回に比べてF値は暗くなって倍の露出時間が必要でしたが、4倍の露出時間で撮ったのでさすがによく写りました。ただし、背景のムラが結構ひどくて PI の ABE で取り切れなかったムラは Lightroom で手動でマスクを被せて誤魔化してますが…
せっかくなので等倍で切り出して各銀河を見ていきます。まず M96 から。
ぱっと見わかりにくいですが棒渦巻銀河です。*2 地球からの距離は3180万光年。写真に写った5つの銀河のうち NGC3384, M105, M96, M95 の4つは「M96 銀河群(M96 Group)」に属する銀河です。M96 はその中で一番明るいものです。
中心から右上に向かってうっすらですが暗黒帯が見えます。左下の腕の切れ込みのように見えるのは ESO の Very Large Telescope (VLT) の撮影画像を見るとどうやらこれも暗黒帯のようです。
一つ気になるのは銀河の外側を取り巻くリングの左上の部分に、リングにそって小さく細長く伸びる銀河のような何かです。Wikisky でも Galaxy Annotator でいつものように処理してもそれらしき銀河がヒットしないのですが、VLT の画像を見るとこれはどう見てもエッジオン銀河です。
改めて Hyper LEDA で確認すると 2MASXJ10465229+1150201 (PGC3760438)という7億5400万光年先の銀河でした。光度データが入ってないため Galaxy Annotator でいつものように最大光度で絞り込むと抜け落ちてしまっていたようです。実際には16等台後半ぐらいでしょうか。
次は M95 です。
これは見るからに棒渦巻銀河です。地球からの距離は3230万光年。腕が棒の部分をリング状に取り巻いていて、さらにその外側に伸びています。全体的に猫の目みたいに見えますね。
最後に NGC3389, NGC3384, M105 の三重銀河です。
左下が NGC3389(6260万光年、渦巻銀河)、左上が NGC3384(3060万光年、レンズ状銀河)、右が M105(=NGC3379, 3680万光年、楕円銀河) です。3つとも違うタイプの銀河ですね。NGC3389 だけ M96 銀河群に属さない銀河で、他の倍くらい遠くにあります。色も他と違って青っぽいですが、より若い頃の姿が見えているということでしょうか。
NGC3371 と NGC3373 の謎
実は Galaxy Annotator で処理すると NGC3389 は NGC3373、NGC3384 は NGC3371 と表示されてびっくりしました。すわバグか?と思ったらそれぞれ重複して登録された別名だそうです。しかし何故そんなことに?そして重複してるのに番号の小さい方ではなく大きい方が正解みたいに扱われているのは何故なのか?
調べてみると結構ややこしい事情がありました。NGC/IC Project Restoration Effort の NGC3371 のページにざっと事情が書いてありますが、以下に順を追ってまとめます。
話はジョン・ハーシェル(Sir John Frederick William Herschel)が星雲星団のカタログであるジェネラルカタログ(General Catalogue of Nebulae and Clusters of Stars)を作成した19世紀半ばに遡ります。ジョン・ハーシェルは天王星の発見や天の川の構造の研究で有名なウィリアム・ハーシェル(Sir Frederick William Herschel)の息子です。
ジェネラルカタログは18世紀末にジョン・ドライヤー(John Louis Emil Dreyer)が追補して、現在も使われる「ニュージェネラルカタログ (New General Catalogue of Nebulae and Clusters of Stars)」(NGCナントカが収録されたカタログ)として生まれ変わりました。
NGC3371 はジェネラルカタログでは GC2196、NGC3373 は GC2198 でした。この2つはジョン・ハーシェルが発見した星雲で、それぞれ GC2193 と合わせた3つの星雲のうちの一つとして記録されました。ジェネラルカタログの記載では GC2193 が3つのうちの1つ目、GC2196が2つ目、GC2198が3つ目となっています。*3
しかしこの1つ目の GC2193 というのは M105(=NGC3379) ではなく、M105 から北に1.2度ほど離れた NGC3367 のことなのです。
ドレイヤーが1879年にまとめた General Catalogue Supplement の注記には GC2196(NGC3371) と GC2198(NGC3373) について、ビール(スイスの地名)、コペンハーゲン、ウプサラ、ライプツィヒで観測されなかったと記されています。*4 どうも GC2196(NGC3371) と GC2198(NGC3373) は行方不明になって誰も観測できていないようなのです。
その後、1881年にクリスチャン・H・F・ピーターズ(Christian Heinrich Friedrich Peters)が、1880年に GC2196(NGC3371) を確認した、GC2198(NGC3373) は見つけられなかったと報告しています。*5 しかし実際には GC2198(NGC3373) の周りにはそれらしき星雲は影も形もありません。
一方、NGC3384 と NGC3389 はそれぞれジェネラルカタログの GC2207 と GC2211 として掲載されています。どちらもジョン・ハーシェルの父、ウィリアム・ハーシェルが18世紀末に発見したものです。
それでは何故 NGC3384 = NGC3371、NGC3389 = NGC3373 だと言えるのでしょう?NGC/IC Project のハロルド・コーウィン(Harold G. Corwin Jr)は次のように推理します。
ジョン・ハーシェルの観測記録では GC2196(NGC3371) と GC2198(NGC3373) の位置は GC2193(NGC3367) の位置からの相対位置で記録されていました。1st (GC2193(NGC3367)) と 2nd (GC2196(NGC3371))の間の赤経の差と位置角(position angle)、2nd と 3rd (GC2198(NGC3373))の間の赤経の差と位置角です。模式的に描くとこんな感じです。*6*7
1st から 2nd の位置角は68.4度、2nd から 3rd の位置角は156.8度と記録されていて、これは 1st = NGC3379(M105), 2nd = NGC3384, 3rd = NGC3389 とした場合の位置角とよく一致します。ということは、ジョン・ハーシェルは 1st を NGC3367 と取り違えて観測した結果 NGC3384 と NGC3389 を未発見の天体だと誤認したのではないかというのがコーウィンの推理です。ピーターズが見たという NGC3371 は何だったのか?という謎は残りますが、コーウィンは当該位置の近くにある恒星を見間違えた可能性があるとしています。
結局、NGC3371 と NGC3373 は観測ミスもしくは計算ミスで誤登録された NGC3384 と NGC3389 と思われ、実際登録された位置には星雲は存在しないので忘れてしまって構わないというわけなのでした。
しかし Galaxy Annotator も修正が必要ですね… Hyper LEDA の objname には NGC3384 と NGC3389 の方が入っているので、優先順位の高いカタログの名前を取る際に objname がそのカタログの名前になっていたらそれを採用するようにすればよさそうです。*8 というわけで近いうちに修正しようと思います。
*1:諫山創『進撃の巨人』より、調査兵団団長キース・シャーディスの言葉。
*2:Wikipedia 日本語版では2007年の文献を元に渦巻銀河としていますが、英語版では2010年の文献を元に棒渦巻銀河としています。Simbad では SBa, Hyper LEDA では Sab, bar ありに分類されています。
*3:Sir John Frederick William Herschel. 1864, General Catalogue of Nebulae and Clusters of Stars. Philosophical Transactions of the Royal Society of London Vol.154: 85p
*4:J.L.E. Dreyer. 1879, A Supplement to Sir John Hershel's "General Catalogue of Neblae and Clusters of Stars.". The Transactions of the Royal Irish Academy Volume XXVI: 392p
*5:C.H.F.Peters. 1881, Positions of nebulae. Series I. Copernicus: an International Journal of Astronomy, Volume 1, pp.: 51-54
*6:下絵に今回撮影した写真を使っていますが、実際には歳差運動によってジョン・ハーシェルが観測した当時とは位置角が異なります。
*7:模式図中の 53, 24 は赤経の差として記録された値ですが、観測記録には単位が書かれておらず、コーウィンは秒であろうとしていますが、ジェネラルカタログに登録された赤経の差を取ると26.5秒と11.6秒で、記録された値の半分になっています。1st = NGC3379(M105), 2nd = NGC3384, 3rd = NGC3389 とした場合も26.8秒と12.0秒でほぼ半分です。なぜ倍の値になるのかわかりませんがコーウィンも特に説明していません…
*8:というか問答無用で objname を出力していた v0.9.3 までのバージョンでは NGC3371 とか出なかったはずですね。