東京の大学生と福島12市町村をつなぐ「F12FLYプロジェクト」
東京の暮らしは食料、エネルギー、人材と、常に地方に支えられてきた。特に福島県は、首都圏へ電力を供給する重要な地域だった。東日本大震災と原発事故から14年が経過した今、福島12市町村では若き起業家たちが独自の視点で新たな挑戦を始めている。従来の「支援される地方」ではなく、都市と新たな関係性を築きながら自らの力で未来を切り開く彼らの姿に、東京の大学生たちが注目した。
文京区関口の地域交流スペース「我楽田工房」を拠点に始まった「F12FLYプロジェクト」。文京区内で学ぶ大学生が編集長となり、学生記者たちが福島に移住した若手起業家たちを取材する。若者同士の対話から生まれる気づきと、東京と地方の新たな関係性の可能性を、全4回のシリーズで届ける。
(本記事はシリーズ第3回目)
事業を説明する渡邉優翔さん
花と緑あふれる富岡町で挑む、前例のない挑戦
福島県富岡町で、花の酵母を使った独自の酒造りに挑戦する若き起業家がいる。Ichidoを立ち上げた渡邉優翔さん(24)。県内須賀川市で600年続くツツジ園の26代目として生まれ育ち、震災後の富岡町でリキュールブランド「Enju」を立ち上げた。復興支援ではなく、本当においしいと思われる商品作りにこだわる渡邉さんはどのような人物なのか。幼い頃から花に囲まれて育った筆者の視点から、花の新たな可能性に挑戦する渡邉さんを取材した。
地域にお花を植えるプロジェクトを説明する渡邉さん
26代目が見つけた、新しい道
「2週間しか咲かない花が、お酒という形になればいつでも香りや風味を楽しめる」
富岡町の静かな通りを歩いていると、これから酒蔵が建つ予定の土地が見えてくる。650坪の敷地に、花からお酒を醸す新しい施設を造ろうとしている。渡邉さんは、福島県須賀川市のツツジ園26代目として生まれ育った。東京ドーム2個分もの広大な敷地を庭として、花と共に幼少期を過ごした渡邉さんは、いつか家業を継ぐことを意識して育った。
「幼稚園から帰ってくると、いつもはさみの音が聞こえていて、祖父や父が一生懸命にツツジ園を管理している姿を見て育ちました」と、渡邉さんは懐かしそうに話す。
この言葉を聞いて、私は自分の幼少期を思い出した。5歳から母の影響で始めた華道。花と向き合い、その美しさを引き出すことに没頭していた記憶がよみがえる。花との関わりが人生を形作るという点で、渡邉さんと私には共通点があるように感じた。それぞれの形で花と向き合うことの意味を、取材を通して考える機会となった。
花壇づくりを手伝う学生たち
震災を経て見つけた、新しい扉
渡邉さんが小学生の時に東日本大震災が発生。その後、大学生となった渡邉さんは、被災地の富岡町で花を植えることで、解体される土地や建物に新しい色を取り戻そうと考えた。しかし、単なる復興支援で終わらせたくはなかった。
「復興という言葉を商品に入れてしまうと、応援目的としてでしかなくなる。おいしいから買う、という当たり前の消費行動を作らない限り、この地域の未来は続かない」
その信念から生まれたのが、花酵母を使ったお酒。花びらに付着している酵母を活用し、その土地ならではの味わいを引き出す技術を確立した。リキュールブランド「Enju」は現在、富岡町でも高い評価を得ている。
華道を通じて花の一瞬の美しさを表現してきた私にとって、花から醸造されるお酒という発想は新鮮だった。花の命を別の形で長く楽しむことができる。そんな創造的な視点に興味を覚えた。「花を生かす」という点では同じでも、その表現方法や可能性は多様なのだと気づかされた。
お花を使ったワークショップ「花プール」
地域に根差すということ
「花酵母の面白いところは、隣り合わせで同じ花が咲いていたとしても同じ菌は取れないし、違う木をまたいでも同じものは取れない。本質的な地域資源となっている」
渡邉さんは、花酵母を使った低アルコールのリキュール「Enju」と並行して、地元の人も日常的に楽しめる米焼酎の開発も進めている。
「地域の人たちが『これは私たちの酒だ』と誇りを持って飲んでくれる。そんな商品を造ることで、この土地に根付いた本当の企業になれる。地元の人々と喜びを分かち合える関係こそが、長く愛される会社の基盤になるんです」
この言葉には、地方創生の本質が詰まっている。外からの一方的な押しつけではなく、地域の資源と人々の暮らしに寄り添った事業展開。それこそが、持続可能な地域活性化の鍵なのかもしれない。東京で学ぶ大学生として、地方と都市の関係性について考えるきっかけとなった。
東京で行われたクリスマスマルシェの様子
人と人をつなぐ起業家の素顔
起業という言葉からは、どこか遠い存在、特別な人を想像しがちだ。しかし、実際の渡邉さんは特別な存在ではなく、対話の中で常に等身大の姿を見せてくれた。
「起業することは、お金を用意すれば誰でもできる。でも、それを維持していくことがすごく難しい」
父親に内緒で会社を立ち上げた話や、地域の人々との関係づくりに苦心した経験をたくさん語ってくれた。そこには、華々しい成功物語ではなく、私たち学生と同じように悩みを抱えながら、一つ一つ積み重ねてきた若者の姿があった。
首都圏の学生たちとの交流も、また新しい挑戦だ。F12FLYプロジェクトでは、多くの学生が渡邉さんのお酒を、東京や福島で販売するという実践活動に取り組んできた。
「学生たちは新しい視点を持ってきてくれる」と渡邉さんは話す。
そして、意外な言葉が続いた。
「経営者は常に寂しく孤独なんです」
この地域で新しいことに挑戦する若手起業家の、素直な悩みが垣間見えた瞬間だった。「だから学生がここに来てくれることはうれしくて、それだけで輪が広がっていく。この地域で何かをやろうとしている人間として、そういう出会いがとても大切なんです」
F12FLYプロジェクトに参加した学生たちもまた、渡邉さんとの関わりから多くを学んでいる。渡邉さんのお酒をマルシェで販売した学生は話す。
「渡邉さんは人を大事にする経営者。新しい職業を生み出す起業家として、人と人をつなぐことに重点を置いているように思う」
プロジェクトに参加した学生たち
未来を醸す
渡邉さんの挑戦は次の段階に入ろうとしている。自社の酒蔵建設、新商品の開発、海外展開と、その歩みは着実に進んでいる。しかし、渡邉さんの軸はぶれない。
「この地域で普通に生活をして夢と希望を持って歩んでいる人たちがいる。それを知ってもらえれば」
ツツジ園を受け継ぐことを考えながら、新しい価値を創造する。伝統と革新の両立。それは決して簡単な道のりではない。しかし、渡邉さんの挑戦は、地方創生の新しいモデルを示しているのかもしれない。
私は、渡邉さんの言葉の中に、未来を感じた。福島には、東京では見つからない可能性が眠っている。そして、その可能性は、地域に根差した活動の上に、着実に育まれているのだ。
花を愛し、その美しさを形にする術を学んできた私にとって、渡邉さんの挑戦は新たな花との向き合い方を教えてくれた。花は一瞬の輝きだけでなく、その土地の記憶や人々の思いを運び、新しい物語を紡ぐ力を持っている。
東京の大学生と福島12市町村(※)の若きキーパーソンたちが出合い、交流と実践を通して互いに学び合う試みだ。本記事は、このプロジェクトを紹介する連載の3回目。
福島12市町村で新たな挑戦を続ける若者たちの姿を順次紹介していく。
※福島県12市町村とは、福島第一原子力発電所の事故により避難指示の対象となった南相馬市、田村市、川俣町、浪江町、富岡町、楢葉町、広野町、飯舘村、葛尾村、川内村、双葉町、大熊町を指します。
取材した学生たち
【連載】
第1回:蒸留所から始まる挑戦・大島草太さん
第2回:キウイで町を盛り上げる・阿部翔太郎さん
第3回:花から醸す酒造り・渡邉優翔さん
【取材・執筆】
北條雄大(我楽田チーム)
淑徳大学2年。幼い頃から華道を習っており、花の可能性に興味を持つ。