日本語で書けるプログラミング言語。誰もが考えそうだが誰もが実行しそうにないこの開発に取り組んだのが、酒徳峰章さんだ。きっかけは偶然かつ必然。当時、不動産関係の会社でひとり社内のシステム化を進めていた彼は、顧客管理などの仕事を効率化するためのツールを、さまざまな言語で作っていた。確かに便利だが、どうせならプログラミングを知らないアルバイトさんにも使ってほしい。そこで、データの一括コピーや抽出といった単純作業用にと、日本語でのプログラム言語開発を思い立ったのだ。 「誰でも簡単にプログラミングできることが目的で、日本語化は手段のひとつでした。ほかにもビジュアルに凝るなど使い勝手を考え、仕事の合間に機能を拡張して、完成したのが『ひまわり』です」 酒徳さんはその後フリーとなるが、仕事先でPCを使いながらも手作業で仕事をする人を見かけるたびに、「プログラムができればもっと簡単になるのに」と思ったという