前回は、医療ICTの柱の1つである電子カルテとその課題を紹介しました。今回は、もう1つの柱であるレセプト電算処理システムとその課題を紹介します。
レセプト電算処理システムとは
日本の保険医療制度では、行なった医療の内容によって診療報酬点数が決まっています。1点につき10円となっており、たとえば静脈注射であれば30点(平成24年現在)で、300円になります。会社従業員であれば社会保険に加入しているため、実際の負担はその3割の90円となります。実際に病院に行った場合は、初診料・再診料などがかかるためもう少し高くなります。
この診療報酬点数を計算し、診療報酬明細(レセプト)を出力してくれるものをレセプトコンピュータ(レセコン)といいます。レセコン自体は、診療報酬の計算が面倒であったり、毎年改定される診療報酬点数による計算ミスなどを防ぐため、比較的早くから導入されてきました。
レセコンで計算されたレセプトは、東京都に本部を置き都道府県ごと支部を持つ「社会保険診療報酬支払基金」、「国民健康保険団体連合会」の事務所に提出され、診療が適正であるか審査をした後に、患者の自己負担分の残りを保険から支払うのに使われます。先ほどの静脈注射の例でいえば、レセプトを送って審査に通れば、残りの270円を病院は受け取ることになります。
レセプト審査の流れ(社会保険診療報酬支払基金のWebサイトより)。一番右の「保険者等」は健康保険組合など
レセプト電算処理システムは、この診療報酬明細を電子化することを目的として導入が推進されています。小さな診療所であっても、一日数十枚ものレセプトを出力することになり、それが各保険の事務所に集められることになると莫大な量になります。レセプトの紙の枚数を減らし、また機械的にチェックできる誤りを自動化して業務を効率化するためにレセプト電算処理システムがあるのです。
レセプト電算処理システムではフロッピーディスクやMO、CD-Rを使って物理的にデータを送っていますが、いまではオンラインによるレセプト請求(レセプトオンライン、オンライン請求システム)が進められています。
レセプト電算処理システムの仕組み(社会保険診療報酬支払基金のWebサイトより)。なお、社会保険診療報酬支払基金は政府機関等ではなく、社会保険診療報酬支払基金法によって設立された特別な民間法人(「特別の法律により設立される民間法人」)だ
レセプトオンラインの問題点
非常に大きなメリットのあるレセプトオンラインですが、2006年に厚生労働省により2010年までの完全義務化(歯科はその翌年)が制定されたところ、大きな反発を招いてしまいました。そのため、2009年になりCD-ROMなどを含む電子媒体に緩和され、例外規定も盛り込まれた内容に省令改正されました。反発の最大の理由は、導入やランニングのコストにあるのではないかと考えられます。
病院側や診療所の負担を減らすため、レセプトコンピュータ自体は導入されていることは多くても、それをオンライン化するとなるとまたそこで大きなコストがかかってしまいます。たとえば、レセプトオンラインでは、厚生労働省が通信方式について「レセプトのオンライン請求に係るセキュリティに関するガイドライン」を出しています。
それによると、接続方式はISDN回線を利用して請求先に直接ダイヤルアップをする方式か、閉域IP網を利用したIP-VPN接続方式か、通常のインターネットにおいてはIPsecとIKEを組み合わせたVPNを行なうこととあります。ISDNは安価ではありますが、通信速度を考えると現実的ではありません。
閉域IP網でのIP-VPNは、IPsecとIKEのVPNよりも一般的に安価ではありますが、現実的に閉域IP網はフレッツしか存在しないため、より安価なインターネット回線を利用できないという制限があります。セキュリティのガイドラインそのものは、取り扱うデータの内容を考えると十分なものと思いますが、特にインターネット接続自体を導入していなかった小さな診療所では、いきなりの大きな負担になると考えられます。また、こうした導入面の負担に加え、CD-ROMなどでの電子化と比較したときに、病院や診療所側に大きなメリットがないというところも普及を妨げる一因となっているといえます。
筆者紹介:富安洋介
エフセキュア株式会社 テクノロジー&サービス部 プロダクトエキスパート
2008年、エフセキュアに入社。主にLinux製品について、パートナーへの技術的支援を担当する。
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